2013-01-20

一代の重み  NO 3171


 偉大な横綱だった「大鵬さん」がご逝去された。「品格欠如」「行儀が悪い」と物議を醸した少し前の横綱とは対照的な人物だった。友人が北海道を旅行した際に訪れた「川湯温泉」に記念館があり、懐かしかったと語ってくれたが、彼も「大鵬さん」の大ファンであった。

  相撲界に柏鵬時代という言葉があるが、お二人が現役を引退されて部屋の親方になられた当時、「柏戸さん」の大阪場所ではあるお寺の境内が稽古場となってお り、葬儀式場で設営していると「またお葬式か」と仰って、しばらく生花スタッフの仕事をご覧になっていたことが懐かしく思い出される。

「大 鵬さん」の歴史に人の世の運命と言うべきドラマがあったことを知った。それは、太平洋戦争の影響で樺太から小樽に向けて脱出される際のこと。船酔いの様子 を見るに見兼ねたお母様が稚内で下船される決断をされたことだが、その乗船していた小笠原丸という船が小樽に向かう途中で攻撃されて沈没していたからであ る。

 また、川湯の方へ在住されていなかったら相撲関係者の接点も生まれることはなかっただろうし、偉大な横綱が誕生していたのだろうかと考えてしまう。

 そんな「大鵬さん」の酒豪が伝えられている。一升瓶が10本並んだとかビール瓶が20本あったとか言われているが、それが原因となったかどうかは不明だが、30代の頃に脳梗塞を発病され、後遺症に苛まれる親方生活を過ごされた歴史が知られている。

 脳梗塞という病気は本当に恐ろしいもので、発病した瞬間に身体の機能のあちこちに障害が生まれるのだからなりたくないもの。しかし、その大半に兆候があると言われているので前兆を感じたらすぐに病院へという行動が重要である。

 数日前、テレビ東京のアナウンサーである「大橋未歩さん」が軽度の脳梗塞で入院されたニュースがあったが、早期に対処されたので後遺症はないと想像する。

 彼女も30代での発病となるが、脳疾患の病気は決して高齢者ばかりの疾病ではなく、私が入院していた際にも20代で入院されていた方もおられたのだから恐ろしいことである。

 疾患が発生した部位によっては記憶障害が生じることも少なくなく、自分の子供や奥さんのことも思い出せない患者さんが数人おられた事実を体験している。

 奇跡的に「この世」に戻ったと何度も書いたが、この「独り言」を打っている作業もリハビリのひとつであり、当初は右半身が麻痺してしまっていたので左手だけで打ち込んでいた歴史もある。

 動き出してくれたことは本当に奇跡みたいなこと。今でも「H」の押そうとすると周囲「G」「Y」「J」「B」「N」などを一緒に押さえてしまうことがあるので大変だが、困るのは駅の券売機で、行先や料金ボタンを押さえる際には気を付けなければならない。

  表面的に正常に機能しているように見える左半身だが、温覚と痛覚が麻痺しているのだから気を付けなければならない。熱いもの、冷たいものを触ると気色悪い 感じがするだけなので不思議なこと。こたつの中に入っている猫による傷を銭湯で発見することもあるが、痛みを感じないのだから分からないのである。

 マイクを通すと不思議な声と言われた声帯も半分を失ったが、喋られなかったことが喋られるようになったことも奇跡。もう少しだけ「この世」でしなければならない責務を与えられたように考えている。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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