2012-03-21

桜はまだですが  NO 2878


 昨号で触れた灯油販売の車について加筆しておこう。「雪やこんこん」の大音量が聞こえて来ると、続いて18リットル幾らというアナウンスがある。次のコメントが腹立たしい限りで、「もう一度回って参りますので、購入希望の方は灯油缶を玄関前に」と言うのである。

 喧しいと思っているのにもう一度やって来るとは何と非常識な販売方法だろうか。ある時、大阪のおばちゃん達が業者に文句を言っている光景に出くわしたことがあった。さすがに大阪のおばちゃん達で、次のように迫っていた。

「あのなあ、あんまり大きな音で来たら買いたかっても買われへんがな。近所の手前というのがあるがな。もうちょっと音を抑えな売れへんし買えへんで」

 その瞬間に業者の表情が一変し、音量が下げられたのは言うまでもないが、そのおばちゃん達に拍手を贈りたい気持ちを抱く出来事だった。

 さて、ニッサンが「ダットサン」のブランドを再開させるというニュースがあった。タクシーの小型が2キロ70円の時代に「ダットサン」と日野の「ルノー」が小型で、いすずのヒルマン」、「トヨペットクラウン」などが80円だった。

 その前に「輪タク」と呼ばれた3輪のタクシーが走っており、そのずっと前には「円タク」と呼ばれる時代もあったそうだ。

「ダットサン」はやがて「ブルーバード」に変わり、「ルノー」は「コンテッサ」に変わり、そんな頃にセドリックが登場した歴史があり懐かしい想い。

 市電が走る道路は石畳状態でガタガタ路。雨なら滑るので恐ろしく、そこを走る車がどれほど大変だったかは若い人達には分からないだろう。

 当時はタイヤがパンクするのは日常茶飯事。あちこちでタイヤを交換する光景が見られたし、その原因の大半が路上に落ちていた釘であり、前輪で押さえて立った釘が後輪に刺さるというケースが多く、8割ぐらいが後輪だったように記憶している。

 雨で路面が濡れると石畳だけではなくレールの上が危険になるし、横断歩道のペイントやセンターラインの上も滑り易いので神経を遣ったが、今のタイヤの進化を考えると信じられない時代でもあった。

  今日は、いつもの銭湯の定休日。そこで200メートルほど歩いて「源ヶ橋温泉」へ行った。屋根にシャチホコがあったりニューヨークと入浴を引っ掛けたみた いで、自由の女神があるのも有名で、その建物は文化財として登録されており、全国から銭湯ファンがやって来るところである。

 入った時はご主人だったが、帰る時には女将さんが番台におられ、私が患った病気について話しながら、こんなことにならないようにと伝えて帰って来た。

 振り返れば、この建物を発想された先代さんのご葬儀のことを思い出す。立派な庭に桜の木があるが、今年はまだまだ蕾が固いよう。満開になった際の庭は見事なのでお勧めである。

お風呂屋さんの葬儀は20軒以上担当させていただいたが、脱衣場が広いのでお寺で行われることもなく、大半が脱衣場を式場とされ、もう一方の脱衣場をご親戚控え室として利用されていたが、昨年に担当させていただいたお客様は本館をご利用くださった。

 不思議なことだが、男性の場合には女湯側で。女性の場合は男湯の方で。そんな記憶があるのを憶えている。

 銭湯とは、我々日本人にとって至福のひとときを過ごせる特別な世界で、それは、まさに文化であると言えるだろう。

久世栄三郎の独り言(携帯版)
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