2007-08-10

長崎の日に  NO 1940 


 寝とぼけていたのだろうか、昨号の「号数NO」を誤っており、朝から気がついたが敢えてそのままにして「生きた証し」の恥を掻く。

さて、広島に何度も行ったことがあるし長崎にも何度も行ったことがあるが、やはりこの両県には特別な思いを感じている。

鹿児島県の知覧で見た特攻青年達の手紙に涙したのは30歳ぐらいの時だったが、葬儀という仕事に従事しながら「悲しみ」を見ていると、戦争という愚かな人間行動に腹が立って堪らず、何処かの国の大統領や将軍様が暴力団の組長のように見えて仕方がないので困ってしまう。

「鉄砲玉」や「兵隊」なんて言葉が企業経営者から発せられているのを読んで、その情けない人格に落胆したこともあるが、企業戦士という言葉も耳にしたくないものである。

 振り返ってみると、多くの人達との交流から全国各地に出掛ける機会に恵まれ、都道府県すべてに行った歴史があり、その地の方々から教えていただいたことがどれだけ宝物になっているかと心から手を合わせている。

 今日、東京から同業者が来社、互いの地の情報交換から始まり、これからの時代の葬儀について5時間ぐらい話し合ったが、その中で子供の教育に関する彼の考え方を聞きながら納得と同感の心情を抱くことになった。

 今の世の中、過剰なほど精神科医に頼る傾向があり、小学生が登校拒否をすれば医師がすぐに病名を付け、簡単に精神安定剤などを処方してしまうと嘆いていたが、それらが問題の横綱に当て嵌まるような気がしてならなかった。

  一方で、最近に流行の「家族葬」について彼らしい分析をしていた。それは「家族葬」の一部に「引き篭もり」形式の思想が見て取れるということで、その実行 によって後に必ず生じるであろう問題をオープン化するのがプロの仕事だと断言。安易な「家族葬」への流れに警鐘を鳴らしながら、強い危機感をいだいていた ような気もし、いつも遺族側のことを真剣に考えている如何にも彼らしい考えだと思いながら拝聴していた。

 今、私の周囲で体調不良を訴 え、大病院で検査を受け、早急に手術という選択を迫られている人が10人近くも存在している。それらは何れもそんな年代になったということもあるが、半数 に共通していたのが「検査が怖い」「何かあったら嫌だから」ということで、定期的な検診を受けて来なかったということ。その結果、全員が後悔して落ち込ん でしまっているのでフォローが大変だ。

 抗がん治療の副作用が頭髪に出た女性の嘆きの声も聞いたが、聞くところによると、主治医に対する全面的な信頼をしている人が少ないようで、家族を含め、共に「何処かに名医が?」との情報入手に走るケースが多いそうだ。

 それらはテレビに医師が登場する番組が増えたことも要因みたいで、治療を担当される医師自身にもこれまでになかった苦労が増え、高い技術と共に、それを納得させる説得力が重要用になりつつあるとも聞いた。

  葬儀の司会のマイクを持つ私、ご遺族の皆様から伺う闘病生活などをナレーションに組み込むこともあるが、自身が入院手術をしてからそれらの捉え方に大きな 変化が生じ、コメントのニュアンスがやさしくなったような気がする最近。いつまで司会を担当するべきか?との悩みも出てきたこの頃である。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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