2013-03-30

葬送の意義  NO 3236


一昨日の「3234号」で書いた「クイズですが?」について、お寺の後継者さん達の結婚披露宴に於ける「僧衣姿」の新郎が、全く「ケーキ入刀」が似合わな いところから考えられた演出は何かという問題だったが、その解答を「幸せ列車」のコラムに記述いたしましたのでご興味があればご笑覧を。

「幸 せ列車」のトップページには管理人である「かめかむか」さんが大量のコラムを発信されていますが、その充実した内容から多くの読者の訪問があります。それ をご覧になられる場合は「コラム」のボタンで「待合室」でつながりますし、愚生の解答については「久世栄三郎の世界」に掲載しています。

ま た「パフォーマーもも」さんの存在が注目を浴びていますし、「くまもん」や「ひこにゃん」などのゆるキャラがブームになり、今、百貨店協会による「ご当地 キャラ」の総選挙が行われているようで、幼い子供から高齢者までの人気があり、選挙に関しては「AKB48」よりグローバルではと期待しています。

トッ プページには様々な匠の世界へのリンクボタンがありますが、「植山繁子さん」は大正琴の世界で知られる「友弦流」の家元。昨夏に京都コンサートホールで 「中村美律子さん」とのコラボに行き、至福のひとときを過ごした体験があるが、その後も歌舞伎座などをはじめ、あちこちでご活躍されている。「友弦流」の ページでは、大正琴の実際の演奏も聞けますので一度音色をお耳にされたらとお勧めします。

 さて、NHKのニュースで「直葬」について採り上げられていた。首都圏では5人に1人がこの形式で送られている寂しい現実を伝えていたが、その背景には高齢社会の悲しい問題があるようだ。

 核家族の増加、長期の入院生活による近隣との交流の激減なども原因するようだが、形骸化した葬儀に対する抵抗感や宗教心の稀薄などと共に、掛ける費用が無駄と考えている人達も増えて来たように思える。

 弊社でもそんな形式が月間に数件あるが、その大半が身寄りのない寂しい葬送となり、スタッフ達が参列者という立場で焼香する形式となっている。

 お骨の引き取り手もないとは余りにも寂しくて悲しいこと。その方がこの世に生を享けられた時のことを考えてしまうが、それからどんな人生を過ごされたのだろうかと想像してしまう。

 死去、永眠、逝去、死亡、往生など様々な呼称のある最後の瞬間だが、少なくとも誰かに看取られることだけは願いたく、病院の白い天井に去来されたことはどんなことだったのだろうか?という司会のフレーズが生まれてしまった歴史がある。

 人は、一人で生きて来たものではなく、多くの人達との「えにし」に結ばれて生かされてきたものと考えたいもので、処理的な「直葬」を選択される環境を迎えてしまったことは何より残念でお気の毒な思いを抱いてしまう。

  若いスタッフ達に「葬儀」の目的について話したことがある。それには次の4項目が考えられ、? 処理ではない「ご遺体の解決」には土葬や火葬という葬法に つながるし、? この世から出立された事実を社会的に告知する手段。? 宗教的解決ということで、宗教者が何かの作法や言葉を発することによって目と耳か らの情報入手で遺族が安堵すること。そして? 遺族と呼ばれる立場になった家族の悲しみを癒し慰めることになるだろうが、我々の仕事は、そのお手伝いとし て「アンダー・テーカー」的立場で、少しでも不幸でないひとときをプレゼントする考えでありたいものである。

 何度も触れたことだが、数 千人の方々に送られる方もあれば、たった一人で送られる人もある。「私の葬儀は不要だ」と遺言を残して旅立たれた方がおられたが、ご家族が相談されてご自 分達の納得の為に葬儀を執り行われたケースがあった。そして、終えられてから「やってよかった」「後悔するところだった」と語られたことが印象に残ってい るが、葬儀を行う意義がそこにあるような気がした出来事であった。

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