2004-02-09

よかったですね   NO 695 

学生達の遭難、全員が救助されたそうで安堵する。救助に携わった方々にご苦労様との謝意を表し、心配で一睡もされずに夜の明けるのを待たれたご家族や関係者のみなさんに「よかったですね」と伝えたい。

 昨日書いたように無事に助かったら「貴重な体験」だろうが『命を拾った』『もう一度命を与えて貰った』と考え、これからの将来に「命の語り部」となってくれるよう願っている。 

 また、天候が回復したことに対し、対象は何でもいいから「神仏」に感謝をしなければならないだろう。

 さて、いっぱい溜まっていたビデオの吹き込み、すべてを昨日に済ませることが出来た。

その中の3本は、私と女性スタッフの「掛け合いナレーション」だが、BGMのバランス調整のミスで1回だけNGがあっただけ。

 少し時間が余ったので、二人の男性スタッフにナレーションのレッスン。

 香川県と秋田県出身の若い二人、どちらも少し「訛り」があるが、随分聞き易くなってきている。

 前者は滔々と「お経」のように語り、後者は吸い込んだ空気をすぐに出し切ってしまうところが問題。次のレッスンまでに技術アップするように命じておいた。

 彼らには1年前からテーマを与えていた。それは、新聞の記事をアナウンサーになったつもりで声を出して読めということ。政治面、社会面、経済面、家庭欄、文芸欄をそれぞれの雰囲気で努力すれば、1ヶ月で見違えるように上達するもの。

 また、連載小説には鍵カッコが多くて勉強になるし、情景を伝える朗読という感性への道にもつながる効果がある。

 文字を見て声を出すことを繰り返していると、思わぬ技術が自然に身につくもの。上達すれば1行ぐらい先に目が行きながら、遅れて言葉を発することが可能となる。

 それが出来れば突然に渡された原稿でも対応できる。読めない文字を整理する時間や誤魔化して通過するテクニックも習得できる。

 司会でのプロとアマの根本的な違いは、ハプニングへの対応ということになるだろう。

我々日本人が外国人に英語で話し掛ける際、どうしても頭の中で組み上げてから話し始めるが、英会話に長けた人は話しながら自然に組み上げて文体が構成されているもの。

 葬儀の司会レッスンで、そんなチェックに簡単なのが参列者に対する近所迷惑な車の呼び出し、落し物のお知らせ、履物の間違いでのアナウンスである。

 こんな簡単ことだけで技術の真価が見えるもの。それは、苦手な英会話にうろたえる日本人の様相にも似ている。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
携帯で下のQRコードをスキャンするか
 または
携帯に下のURLを直接入力します。
URL http://m.hitorigoto.net