2002-09-23

小説「幕末物語」  後編   NO 204

その日の夜、左官は男の用意した駕籠に乗って、男の店へと連れて行かれることになった。駕籠が長屋に来たのは長屋始まって以来のこと。誰も乗ったことがなく、子供達が寄ってきて代わる代わる乗り込み、駕籠の担ぎ手二人の顰蹙を買っていた。

次の日、男の命によるという大工や左官がやって来て、工事が始まることになった。
 それらは3日間の突貫工事で完成することになり、奥の間の六畳には一段高い敷居が設けられ、神殿風の雰囲気が感じるように桧造りの神棚まで作られていた。

 次の日の朝、豪商が、桐の箱を大事そうに携えてやって来た。
中には神様の言葉が記されたという見事な掛け軸が入っており、神殿の中央に掛けられることになった。

続いて丁稚風の若者が、持ってきた立派な箱を開け、中から見たこともないような立派な花瓶を取り出し、神殿の一段低い場所に設置された。

 工事に伴って、街では長屋の左官の話が広まっており、物見遊山を含めて、多くの人々が見物にやって来るようになっている。

 次の日の朝、大家と長屋の衆だけが招待され、豪商の男の説明が始まったが、全員が入りきれず、大半は入り口の外で立ったまま。

「皆 さん、工事の間、先生を私の家にお招きしておりましたが、それはそれは、大変な神通力をお見せくださいました。使用人や家族の病は元より、商い相場の変動 の予見までいただき、大きな儲けを頂戴することになりました。正直申し上げて、この神殿の改築費用は、たったそれだけで戻ってきたぐらいなのです。そんな ところから、私は、江戸の皆様への奉仕として、先生のお手伝いをさせていただくことといたしました。先生が失われたお声、残された1割の伝達のお声を私が 聞き、そして皆様に伝えることにいたします」

 儲け話が飛び出せば誰もが興味を抱くもの。それが実現したと聞かされては、抵抗感まで払拭されてしまうではないか。

 これですべてのお膳立てが整った。後は、先生のご到着を待つのみ。男の話によると、先生は明日の朝にやって来るとのこと。大家がお祝いの花を準備し、長屋の女性達は、接待のための朝食の献立を相談していた。

 さて、当日、駕籠に乗って先生がやって来た。降り立った風貌は、数日前とは全く異なっていた。髭だらけの顔が整えられ、如何にも先生風。聖徳太子のような髭を蓄え、身に付けた装束によって、完全な神主という貫禄さえ伴っていた。

「ははぁ」
 長屋の衆が正座低頭で迎える。先生が一変した自分の家に入る。脱いだ履物の新しさが眩しい。
続いて、何回か姿を見せた丁稚が入るが、彼の手には一抱えの「榊」があった。
神前には何時の間にか三方が乗せられ、海山里の供物が神饌物として供えられている。

 先生が向かって右側に座る。大家の命で長屋の女性数人がお茶と食事を運んで来る。
 先生は、無言で一礼をすると、上品な仕種で食事を始めた。

 長屋の通路は人でいっぱい。噂と騒ぎで駆けつけた連中で溢れかえり、しばらくするととんでもない事態を迎えることになった。騒ぎを耳にした役人がやって来たのである。

        明日に続きます
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