2015-05-22

歴史背景  NO 4199

http://happy-train.net/向岸寺 金子みすゞ資料団参へ出発する前々日、企画引率くださるお寺で檀家さんのお葬式が行われていた。その次の日はご仏縁に結ばれるお寺の坊守様のご親戚のご不幸があり、妻が参列していた。坊守様と妻の誕生日が偶然にも同年の同じ日。そんなところから長年の交流があるが、団参と葬儀の日が重ならなかったことに手を合わせた。

早朝に起床して朝風呂をと大浴場に行った。男性と女性用の大浴場が午前6時から入れ替わっている。びっくりしたのは体重計が前日とタイプが異なっており、数値も1キロも違う事実だった。

バイキングの朝食を済ませてロビーにいたら、ご住職に檀家さんのご不幸の電話があり、過去に弊社が担当させていただいたご仏縁があった。

ご住職のスケジュールが大変で、果たしてどうなるのだろうかと心配しながら仙崎の「金子みすゞ」記念館に向かった。

好天には恵まれたが、日差し強くて外は猛烈な厚さを感じる。過去に訪れた時よりも増築され、展示品も増えており、映画やテレビドラマにになった際のキャスティングの写真も目に留まった。

前日に鯨の法要会を行われているお寺へ参拝いていたこともあり、彼女の作品がより強く伝わって来た。

アンパンマンで知られる「やなせたかしさん」や「ちばてつやさん」達が彼女の作品に出会った際の衝撃をしたためられていたが、多くの著名人がそんな寄稿をされているコーナーもあった。

これまでに何度か書いたことがあるが、「金子みすゞ」さんと作曲家の「滝廉太郎」さんのお2人が夭逝されていなかったらどんな作品を残されただろうかと思うと残念でならず、彼女の作品に初めて出会った時のことを思い出し、感謝しながら手を合わせて全ての展示品を目に焼き付けて来た。

テレビのない時代、青海島への橋も関門の橋もなかった時代、そんな中で自ら命を絶った彼女の前日の写真が何かを訴えるような感じを抱いたが、ただ薄倖という文字を思い浮かべる寂しさは一入悲しいものだった。

午後は萩の市内であちこち探索したが、どこでもNHKの大河ドラマのポスターや幟があったのが印象に残った。

吉田松陰神社や武家屋敷の並ぶ街並みも目にしたが、ふと「坂本龍馬」のことを思い出すことになった。

今日の写真は青海島「向岸寺」さんにあった「金子みすゞ」さんに関する案内を。
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