2004-12-22

壮観でした?  NO 1013


 友人から電話があり、私が葬儀に出掛けている時間帯に来社したいとのこと。彼は、大の甘党。コーヒーを飲み干したカップの底にシュガーが溜まっているというような人物。そこで「シュガーを多めに?」とスタッフに伝言して式場に向かう。

 互いに同じお医者さんのお世話になる間柄、「砂糖を控えろよ」と言っても耳を貸さない彼、予想される生活習慣病を心配している。

 担当した葬儀を終えて帰社したら案の定、「びっくりするほどシュガーをお使いに」というスタッフの呆れた報告が伝えられた。

 お孫様が17人、曾孫様が13人というお婆ちゃん。花に彩られた祭壇のご遺影が素晴らしく、合掌申し上げてから準備に入った。

 そんなところからご親戚のご人数が多く、ご出棺前のお別れや命の伝達式を考慮し、5分オーバーでご出棺するシナリオを書いていた。

 朝から創作していたナレーションは「宗教」と「命」バージョンだったが、開式前に5人の娘様達から伺った「お嫁さんへの感謝」のお言葉が素晴らしく、ちょっと組み込む変更作業を司会台で。

  変な表現で恐縮だが「命の伝達式」は壮観だった。グッと目を閉じられて花束を抱く人、捧げられて口付けをされる人、そして小さな曾孫さんが花束にうずもれ る様な光景に場が和み、曾孫さんである乳児を抱かれたお孫さんが2人分を併せて手にされた時、何か無性に嬉しくなった。

 こんな「命の伝達式」だが、私のセミナーや講演を通じて全国に広がっている。

私の本音は、これを宗教者の方々にして欲しいということ。しかし、お経第一主義のお方にご理解は無理。一部のお寺様が感動され、実践を始められた事実に喜んでいるが、まだまだお気付きになるお方が少ないのが寂しい現状。

 昨日、取引先の社長夫婦がご来社くださったが、故郷に戻られた際に不思議な「ご仏縁」があったというお話しを伺った。

 それは、故郷のお寺の高僧のこと。この方が私の講演を聞いてくださったことがあり、「大阪の葬儀社には考えられない人が」とおっしゃられたそう。

 その話題、<何処かで耳に?>と拝聴されていた社長さん、それが私のことだと分かってそこから大いに話題が盛り上がったと教えてくださった。

 「考えられない人」との意味は何だろうと心配したが、どうやら「変なオジサン」とは思われていなかったことは確か。こうなったら「変なオジサン」をオンパレードで邁進するのも面白い。

 拝金主義の葬儀社やお寺さんから「疎ましい存在」と呼ばれる私だが、愛や癒しの世界でつながるファンも何人か存在が。それが急激に増えてきたような風を感じるこの頃。

 この「独り言」の1000号記念に幾つかイベントを行ったが、ちょっと「いいこと」をしたような思い。

ふと見たテレビの天気予報、日本海側から北海道に雪ダルマ。ブルッと震えて北国の友人達のことを思い出す。
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