2004-01-17

号 外・・・合掌   NO 672

今日は、防災とボランティアの日。阪神淡路大震災から9年目。

 あの日、午前5時46分。医師から調合された軽い睡眠薬を服用して熟睡していたが、その揺れの大きさに飛び起き、何が起きたのか一瞬分からなかった。

 天井に吊られた蛍光灯が今にも外れそうに踊っている。続いて聞こえたのはミシミシという家の軋み。<倒れるかも>と思っても、ただ布団の上に座っていることしか出来なかった。

 <これは、普通じゃない。震源地は何処だ? 遠い所だったら大変な地震だ>と、すぐに2階でテレビをつけたが、自宅内の被害状況を調べるなんて全く忘れていた。

 そこから放映されてきた悲惨な状況、それこそ地震の恐ろしさを伝える未曾有の惨劇。その日に弊社が担当していた葬儀のことを思い出したのは、それからしばらくしてからだった。

 これらに関しては、1年前に書いているので割愛するが、今日、改めて、犠牲になられた方々に合掌申し上げる。

 併せて、約2000名の犠牲者の方々の葬送に尽力され、社員全員が不眠不休であちこちの安置所のお世話をされ、連日、自社ホールに多くの犠牲者を預かって供養をされた神戸の「株式会社 公詢社」の皆さんにも感謝と敬意を表させていただく。

 そして、この会社が毎年行っている美談を改めて紹介申し上げる。

 「朝、5時、全員出社。朝から風呂に入り、清潔な下着に着替えて5時46分に合わせて供養式典を行う」

 そんな慰霊式典が毎年行われているし、その後から安置所になったあちこちのお寺などに供養の花届けが始まる。

 犠牲者には、寂しく暮らしておられた独居老人もおられただろう。新生児、幼子たち、新婚さんたちもいただろう。

 自然は、老若男女を問わずして、突如、不幸の風を巻き起こす。そんな自然に対する人間の無力さだけが残る脅威の災害。

 犠牲者の存在によって、私たちは命の儚さと尊さを学んだ筈だし、自身が「生かされている」ということに気付いた筈。

 無力な私に何も出来ないが、今日、ここに、梅の花の写真を掲載し、10年目となる来年の慰霊式に、スタッフと共に参加させていただこうと考えている・・・合掌
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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