2004-09-27

偲ぶ会での拍手  NO 925


 出張の間、多くのメールを頂戴した。中には急いで返信しなければならないものもあり、いらいらしながら打ち込むが、我流の指捌きには限界があり<勉強しておくべきだった>と後悔に苛まれた。

 球技は得意だったが手先が不器用な私。と言うよりも、面倒なことが嫌いな性格が禍し、機材という世界では自身が必要なこと以外を学ばないのが致命的欠陥。その分、周囲にそれぞれに長けた「人」を集めることに。

 <災い転じて福と成す>との諺があるが、振り返ってみればラッキーなこと。これからの余生にどれだけ救いとなるか計り知れない「ブレーン」という恩恵なのだが、ひょっとして相手側が迷惑を蒙っているかも知れないので心配も?

 東京出張の帰路、最終の「のぞみ」で帰阪する予定だったが急遽変更し、弊社が担当していた「偲ぶ会」に間に合うように式場に直行した。

 それにはそうしなければならない事情があった。私が尊敬申し上げる四国の「マドンナ」さんが見学参列されるから。担当スタッフの緊張度アップを懸念し、そのフォローを目的に行動を起こしたのだが、考えてみれば私自身にその要因も。

 マドンナさんとは、高知県の「おかざき葬儀社」さん。弊社が加盟する日本トータライフ協会メンバー達から贈られた敬称。すぐにホテルの部屋を押さえ、開式5分前に会場入りした。

 「礼服を用意してきていますが?」とおっしゃったが、この「偲ぶ会」は全員が平服バージョン。式場内の後方に並んでスタッフの動きを見守った。

 進行スタッフは2名の女性。彼女達をアシストする男性3名と女性2名が頑張っているが、追悼の言葉を拝聴しながら涙を流すスタッフも。しかし、どの方の言葉も素晴らしく、その度に「良かったね・そうだったよね」との感動の拍手が生まれている。

 涙って、色々な意味があるだろうが、この会で流された涙のすべてが完全に澄んだ透明だったような気がした。

 時に悲しみと追慕の涙が流され、遺族を励ます拍手も生まれる。閉会後、「これからの葬儀は、これだ」と、私の手を握ってくれた参列者がおられた。

 施主さんの謝辞、弊社のスタッフ達に「有り難う」というお言葉が! それは、私が担当する場合よりも嬉しかった。

 いくつも反省点があったが、激辛の私の点数では70点。でも、お客様から一生懸命という姿に追加点をくださったような思いも。

 ふと見ると、メモリアルボードの創作を担当した女性スタッフ達が、マドンナさんと話している。この方から伝授されたオリジナルソフトが「かたち」になったと激励が。

 「今日、見学することが出来てよかった」とおっしゃったマドンナさん。最後に2人でご遺影とメモリアルコーナーのお写真に合掌した。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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