2003-09-03

ハプニング    NO 535

通夜が行われている式場、弔問者の焼香が始まって間もなく、『パラパラ』『コロコロ』という乾いた音がしてびっくりしたが、場内のざわめきを気にされたのか、読経中のお寺様まで後ろを振り返られることになった。

 その原因は、お分かりのように数珠が切れてしまったハプニング。我々葬祭業に従事するものにとって、この光景は何十回と体験があるが、ご本人とっては、おそらく一生に一回。最初で最後のハプニング遭遇ということになるだろう。

 数珠が切れる。人は何でも悪い方に考えてしまうもの。ましてや周囲に迷惑を掛けた羞恥心もあるだろう。

 この男性、隣席にいた奥様らしい人に叱られている。

 「何してんのよ? しっかりしなさいよ。転がった珠を集めなきゃいけないでしょう」

 周りの人に頭を下げながらだが、声はかなりの大きさ。どうやら皆さんの足元に転がった珠を集めて欲しいという願いもあるようだ。お寺様が振り返ったのも無理はなく、祭壇に飾られたご遺影が、思わずニコッとされた感じがした。

 式場にいた数人の女性スタッフたちも手伝っている。早くこの場を収拾しなければならない。「収拾」には「収集」が何より。やがて、ひとりの方の苦笑を最後に静かになった。

 さて、お寺様が勤行を終えられ、退出された。さっきの奥様らしい方、私が予想していた通りの行動に出られた。

 お茶の接待担当スタッフを呼び止め、何かを問われ、すぐに掌の中で珠の個数を数えられている。

 心配そうな表情が落ち着いた。皆さんの協力の結果、どうやらスタッフの伝えた個数が揃っていたようだ。

 次に、私のところへ2人で来られた。

 「ねえ、何か不吉の現われなのでしょうか? 通夜で数珠が切れるなんて?」

 <糸が痛んでいたから切れただけです>と返したいが、こんな質問をされる方には、こんな簡単な答えでは「×」となる。

  「通夜、葬儀、法事の時しか手にされませんでしょう? 外でなかってよかったですね。それに、全部の珠が見つかったようで何よりです。珠と珠の間が、一個 分隙間が開いたら修理に出さなければなりません。私、これで、300回は経験しています。糸が痛んでいたから切れただけ。不吉な兆候なんて謂れは一切ござ いませんのでご安心を」

 ちょっとお騒がせの元となった数珠。

私には恐れていることがある。数珠というものが葬儀の必需品的なアクセサリーとなってしまった世の中、「檀家であるが信者じゃない」という、過去の新聞記事の見出しが頭の中を過ぎったから。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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