2006-07-19

特別な葬儀  NO 1570


 王監督の手術が大成功のようで安堵した。ガンではないが、春に開腹手術を体験した立場からすると腹部に穴を開ける手術法というのが驚きだが、心から全快を祈念しながら現役復帰を期待申し上げる。

 さて、そんな王監督の病気から思い出した葬儀だが、ある特別な宗教の存在があり、その信者さんにご不幸があると必ず私が呼び出されるという時期があった。

 お陰で役員さん達とも交流が生まれ、組織されていた音楽クラブを通じて奥様方にまで広がり、定期的なコンサートの企画やプロデュースを担当していた歴史がある。

 そんな中、30歳というお気の毒な女性信者さんのご不幸があった。

 死因となった病名はガン。お身体の不調から検査で発見、すでにあちこちに転移していたというケースで、手術を受けられてから4ヵ月後のご逝去、その間の闘病生活は想像を絶するものだったと伺った。

それは、信仰心の厚い信者さん達の誰もが「神も仏もないの!」と思ったような悲劇、小学校1年生の女の子と幼稚園に通う男の子、そして生後6ヶ月という赤ちゃんの存在があったからである。

 3人目の子供さんを産んで2ヵ月後に知られた不治の病、その残酷でこの上のない無念さを拝察すると言葉もなく、打ち合わせに参上したご自宅、そこは、ただ嗚咽だけしか聞こえない世界だった。

<なんでこんな悲しいことが!>と逃げ出したかった私、なす術もなく板の間の炊事場に座っていると信者会の役員さん達が到着された。

静かな足取りでご遺体が安置された部屋に進まれ手を合わせ、それが終わると足元側に着座されて代表の方がご挨拶。

「私 が葬儀委員長を担当させていただきます。こんな悲しいお葬式は誰もがやりたくありませんが、これは現実であり私達の神仏から与えられた試練でもあるので す。一人の人生が終わり、同時にご家族や私達に悲しみが始まったのです。その悲しみを少しでも小さくすることが出来ればと願ってお通夜と葬儀の二日間を過 ごすのです。今からその打ち合わせを行います」

 この方が葬儀委員長を務められた葬儀を何度か体験しているが、こんなお若い方のご不幸は初めてのこと。指名されて2階に集まられた数名の役員さん達が揃ったところで、またご挨拶が。

「皆 さん、後悔することない葬儀を行いたいと考えています。こんな悲しい葬儀はないでしょう。普通だったらこんな場にやって来る葬儀社の存在に腹立たしい思い を抱くでしょうが、私の今の思いはそうではなく、私達と交流のある葬儀社の存在に感謝をいたしたいと思っており、彼がここにいるということが何より救いな のです。ご一緒に彼によろしくとお願いをいたしましょう」

 信じられないような光景を書いているが、これは事実の話である。それまで何度もあったこの信者さん達からの葬儀の依頼でご自宅に参上すると、入り口でご家族が正座をされて「どうそよろしく」とご挨拶くださるのである。

 それは、厚い信仰の心を表現される美しい姿からなのだが、される私の側とすればこんなに緊張することはなく、この宗教の葬儀がどれほど神経を遣う特別な世界であるかはご想像いただけるだろう。

 宗教者も素晴らしい方々、そのお世話をされる役員さん達がこんな姿勢で接してくださる。儀式にも専用の特別音楽の存在もあり、参列された方々から「この宗教に宗旨替えしようかしら」というお声を多く耳にしたこともある。

 さあ、特別に悲しい葬儀、その打ち合わせが始まった。故人、遺された家族のことを中心に考え、日程だけを先に決め、あちこちへの訃報通知を行なうと共に、5人の役員さん達とどのように行うべきかの議論を3時間費やした。

 私が提案したことは2日間は限られた方々で過ごされ、3日目にお通夜、4日目に葬儀という日程。家族だけの2日間が認められたことによって皆さんに余裕が生まれ、そこから式の内容についてじっくりと話し合われた。

 悲しい葬儀になったのはもちろんだが、式次第の中で「不幸でないひととき」につながるようなことを2回組み入れ、子供たちとお母さんのお別れ、全員参加形式の次第もあり、皆さんが「思い出を形見」として心に刻まれた葬儀になったと確信している。

 その時の子供達も成長された。6ヶ月だった赤ちゃんが中学生になり、小学生だったお姉ちゃんが看護師学校に通われ、もう暫くで正看護師としての活躍が始まるとのこと。
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