2005-03-15

塾の前に勉強を   NO 1096


 「おはようございます」「お疲れ様です」と、定期便のようにメールをくれる人物がいる。葬儀の司会に対する意識改革が始まったようで、切々と思いを綴られてくる内容は、私のパソコンメールの中に新しい「独り言」が誕生したみたい感じている。

 焦り、悩み、過ぎ去った時間の隙間などに対する反省や後悔も感じられるが、総括すると「お客様のために、もっと何かをして差し上げたい」との思いが伝わってくるし、<それには自身を研かなければ>という積極的な行動につながったように判断している。

 これらは「人」が急成長する時に表れる典型的な兆候で、吸収力がハイモードという状況と言えるだろう。

  メールでも何でも文章を打ち込むことは勉強になる。この「独り言」の逃げ口上ではないが「書く」ことは恥を「掻く」ことで割り切ろう。人は「やる」か「や らない」かが全て。決断の前にしっかりと学び冷静な判断をするべきだが、心の中にマグマが生まれてきたら爆発するまでに行動を始めること。そこに成長の起 点があることを知りたい。

 私も偉そうなことを言えないが、彼の文章も句読点がひどい。きっと頭を悩ませながら打ち込んでいると想像するが、ここに生まれる「?」こそ勉強の種。「?」のない人は成長が止まっていると考えるべき。

 来月20日から始まる「久世塾」だが、塾生同士の技術的温度差は覚悟している。しかし、まず一線に揃えたいのは葬送に携わる「人」の心のあり方。司会は言葉を中心とする表現力、伝達力と言われているが、決して技術だけが一流となってもたかがそれだけのレベル。

  あなたの司会の言葉は「言霊」になっていますか? そんなテーマが私の塾の意義。参列者を感動させるのは一流ではない。葬儀司会にあって超一流とは、この 世を旅立たれた故人から「有り難う」が生まれる仕事に称されるもの。そこに技術よりも心が重要だという本義の奥義が秘められており、だからこそ開式前まで の「ご遺影」との対話が大切なのである。

 司会者向けセミナーで必ず話すテーマがある。受講された方は覚えておられるだろうが「1ベル」 「2ベル」のこと。これらは与えられた会場を開式前に「儀式空間」として神変させるプロのテクニックの一つだが、最近「0ベル」の必要性に気付くことにな り、塾生達に伝えたいと考えている。

 さて、その塾生達だが私自身が厳選申し上げた人ばかり。満席でお断りした人も多かったが、スタッフから「どこかの電鉄会社のオーナーみたい」と言われ、<好きな人ばかり受け入れて>という嫌味だったように感じている。

 女性司会者潮流の時代、大半が女性ということになってしまったが、上述のオーナーさんとは違って破廉恥なことしないのでどうぞご安心を。司会の技術とプロデュースの世界を共に学びたいと願っている。

 そんなところから、塾生の皆さん向けに<HOME>を接続させていただく。

これは、ある大学教授が発信される「研究発表の方法」のページだが、司会者にとっても参考になるので開校式までに「熟読」を。
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