2013-06-29

歴史と責任  NO 3322


 過日、シーンの「会長のコラム」で大阪のラマダホテルの閉館に関して昔の思い出を書いたが、利用したホテルや旅館が閉業してしまうことは本当に寂しいこと。自分の歴史の1ページが消えてしまうような心情にもなる。

 それからすると葬儀社という仕事は、先代さんを担当させていただいたというお客様の歴史のことを考えると廃業するべきではなく、重い責任があるので存続する努力をしなければならないことになる。

 弊社も約100年の歴史を数える老舗だが、過日のキダタローさんの講演会に「両親を担当いただいたから」とご夫婦でご参加くださった方があったそうで手を合わせた。

 その日、生憎と遠方へ出掛けていたので顔を見せることは出来なくて申し訳なかったが、そんな方々に抽選の商品が当たったらよいのになんて思ってしまった。

 JRの発行している「旅こよみ」の1月号を開けたら、遠い昔に利用した旅館が掲載されていた。

 別府の奥座敷として知られる由布院の御三家として紹介されていたのは「亀の井別荘」「山荘 無量塔」「玉の湯」だが、昔の「玉の湯」は今より情緒があり、様々なことに感銘を受けたことを憶えている。

 三面鏡のテーブルにガラスが敷かれ、その下にセットされていた「絣」の生地が何とも言えない雰囲気があり、それらは仲居さんの服装や寝具にも見られたので印象に残っている。

 夕食、朝食の際の箸が置かれていたのは花の演出。枝付きの一輪の椿と菜の花だったと記憶している。

 そんな「玉の湯」もリニューアルされて久しいが、当時に存在しなかった旅館が由布院には増えている。

 日本中にもう一度行きたいホテルや旅館があるが、そんな一軒をネットで探したら見つからず、不思議なことがと思いながら枠を広げたら<ひょっとして!>と発見したのが名称の異なる旅館。どうやらコンセプトを変えられたようで名称を変更されていた。

 群馬県にある温泉旅館で、この旅館については過去の「独り言」で書いたこともあるが、HPの館内施設の画像を見て同じ旅館であることが判明した。

 そんなひとときを過ごしていたら、北海道のホテルから届けられている宿泊招待券のことを思い出した。郵送されて来た時に長文の手紙を返信したのでさぞかし驚かれたと想像するが、次回に利用した際に果たして憶えているだろうかと興味を抱いている。
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