2024-03-06

寒いなあ  NО 10110

銭湯へ行こうと思ったが、今日は定休日だったので自宅の風呂に入った。湯船から出ようとして大変だったこともあり、いつも携帯電話と固定電話の子機を備えている。転倒して動けなくなった際の準備だが、使うことがないように願いたい。

今日はヘルパーさんの来宅日。月曜日に来てくれた女性が研修ですと連れて来た男性で、国籍は台湾だった。

明日は私の誕生日だが、誕生日に関して「蒋介石」が残した言葉を彼に伝えたら喜んでいた。それは「誕生日はお母さんに感謝をする日」だった。

日本語が達者なので聞いてみたら、日本生まれたそうで台湾には行ったことはないと言われたが、私が過去に行った台北、隆雄、花蓮などの話をしたら興味を感じられたようだった。

台湾に行った際に墓地やお寺を回ったし、ガイドを別にお願いして火葬場にも行ったが、墓地の場面で、現地の方から埋葬から1年後に掘り返して洗骨をするそうで、周囲にその業者さんが並んでいたことを憶えている。

台湾に行った際に撮影した写真は私の初刊「春夏秋冬」の中に掲載しているし、持ち帰った資料から「あの世の旅」のヒントになったことも裏話である。

仕事で取引先に台湾の人がいた。彼は清風学園の関係者であり、清風学園の役員であられたお寺の住職の葬儀の司会を担当したことがあったが、お寺さんが100人近く入られるお式でびっくり。故人が高野山の館長をされていた歴史を知って驚いた。

私の人生には様々な世界の司会をした。一般の方の結婚式や仏前結婚式、オリジナルバージョンの披露宴、お寺様の結婚式、藍綬褒章受章記念祝賀会、紫綬褒章受章記念会、議員活動周期記念会、ホテルに於ける音楽法要、ホテルに於ける社葬合同葬、ホテルに於けるお別れの会、ホテルに於ける偲ぶ会、文化ホールに於ける社葬合同葬などがあるが、お寺さんが多かったケースで印象に残っているのが四天王寺で行われた太平洋戦争物故者追悼式で、主催は大阪府仏教界と大阪市仏教界で、読売新聞社と読売テレビの後援で、各宗派230人のお寺様が務められたが、30人の雅楽や舞楽もあって大変だった。

酵素の皆さんの書の展示会の設営を担当したこともあったが、それでご仏縁が生まれた出来事もあり、人生の有難い一ページとなっている。

高級時計のレンタルの関してドバイへ逃亡してしまった社長の国際指名手配がされているが、過去に古物商に持ち込んで販売した時計に事件から「業務上横領」の容疑となっていたが、誰が見ても詐欺のような気がする。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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