最古
2022-07-01

豪雨のこと  ǸО 8900

阿蘇大津ゴルフ場1990年の今日、私は所属していたライオンズクラブの友人二人と阿蘇へゴルフに行くことにしていた。

企画したのは私で、女性カメラマンがラウンドに同行してくれ、9ホールをビデオ収録してくれ、ダビングしたものを一人6000円で持ち帰るというもので、提案したら素晴らしい!記念になるな」とすぐに決まった。

荒尾の友人に連絡したら、彼もいっしょにと言うことになり、友人二人を誘ってくることになった。

夕方の便で熊本空港へ着いたら、荒尾の友人がセンチュリーで迎えに来てくれていた。彼の友人二人は先にホテル入りをしているそうで、シングルルームを6室予約していた阿蘇高原ホテルへ行った。

レストランの一部で6人の会食を行って明日が楽しみだと話し合って午後11時頃に御開きとなったが、部屋に戻った頃から雨が降り出し、「明日は病んでね」良い乗るような思いで就寝した。

朝方、信じられないような豪雨の音で目が覚めたら、大阪組の友人が私の部屋にやって来て、彼の部屋へ来て欲しいと言われた。

彼の部屋からコースが目の前に見え、18番ホールがすぐ下に見えた。

フェアウェイは川の様になっているし、バンカーは池になっており、グリーンは水が浮いてラウンドが不可能なようで、雨の異常な降り方に恐怖感を覚えた私は、みんなで朝食を早めに済ませて脱出をしようと決まった。

2台の車で肥後大津町まで下って来たら。タイヤ半分ほどまでの冠水状態で、途中で擦れ違った車はパトカー、消防車に自衛隊の救援者だったので驚いたが、もし出発が30分遅れていたら、ホテルで3日間江尾過す羽目になっていたことを後で知って驚いた。

人生で何度か豪雨に遭遇したことがあるが、あの豪雨は半端じゃなく、豊肥本線の線路を長い手長い間不通にしてしまっていた。

九州自動車道のインターまで来たら、福岡方面が通行止めになっており、仕方なく八代方面へ向かい人吉から鹿児島へ向かった。

友人の一人が鹿児島空港の近くにある「空港36」というゴルフ場の存在を知っており、そこへ行ってみることにした。

雨は少しだけ弱くなっていたが、普通ならラウンドを避けるレベルだったが、大阪から飛行機で出掛けたことからも、何とかゴルフを楽しみたいということになった。

ハーフをラウンドして体が冷え、もう無理と言うことから「霧島ホテル」に予約を入れ、3人一室だけお願いし、九州組はしょくじだけということになって。「杉パレス」で食べてから戻って行ったが、通行止めの問題からそれぞれが自宅に着いたのは朝方で、無事故で帰られてよかったと思った。

次の日は快晴だった。ホテルの紹介で「霧島ゴルフ倶楽部」をラウンドしたが、ここにもビデオサービスがあって収録して貰ったが、パー5でツーオンをした私の映像が何よりの記念になっている。

その時の一人はすでに亡くなってしまったが「ご無礼しました」の彼の口癖が懐かしい。

7月の初めの豪雨は多い。西日本豪雨、球磨川の氾濫,もそうだったが、猛烈な暑さの中で台風4号が北上していることが気になる。
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