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2022-10-05

遠い昔  ǸО 8963

707型機 バリグブラジル航空世界卓球男子がブラジルと対戦してぃた。妻の両親から懇願されてアメリカとブラジルに行ったのは45年前だった。羽田からロサンゼルスへ向けて飛び立った「707型機」が水平飛行になったら基調のアナウンスが流れ、何かアンカレッジと言う言葉にびっくりし、日本語のできるⅭAさんに確認したら、貨物を多く積み込んでおり、燃料の問題で安全を優先してアラスカに行くということだった。

ロサンゼルスすから ペルーのリマ経由でブラジリアに入り、そこで乗り換えてサンパウロに着くという行程だったが、アンカレッジ経由となって約6時間の遠回りとなってしまった。

サンパウロの空港は2か所あって大阪と姫路ぐらい離れている、我々が登場した飛行機が到着して降りて来ないのでお迎えに来ていた人体が大慌て、別の空港へ到着したことが判明し、航空会社のスタッフから伝言があり、現在いる空港で待つようにと言われた。確かコンゴニアス空港とビラコッポス空港と記憶しているが100キロは離れているので数時間待つことになった。

その時にロビーにいた人物が新聞を読んでおり、一面のエルビスプレスリーの写真があってびっくりしたが、それは彼の訃報記事だった。

5時間ほど待ってやっと親戚の人達が到着したが、でかいアメ車の乗せて貰ってサンパウロ市内から郊外へ向かった。

機内であまり眠っていなかったので睡魔に襲われたが、気が付けば100キロ程度の速度で走行しとぃる。助手席におられた叔父さんに「どれぐらいはしるのですか?」と聞いたら、もう100キロは入ったので後400キロぐらいだ」という言葉にびっくり、さすがにブラジルで、我が国の10キロと100キロ言う感覚だった、

郊外のある街に叔父さんの娘さんが嫁がれていた家があるので二日間そこでお世話になることになった。ご主人はラジオ局のオーナーで立派な家でびっくりしたが、中庭のある一室を除くと卓球台があり、小学生らしい男のことちゅう学生らしいおねーさんと卓球をやっていたので、現役を終えて間がなかった私は彼らを相手にお付き合いを始めたら、男の子がびっくりしたみたいで走って出て行き、しばらくしたらいつも楽しんでいる仲間達を10人ぐらい連れて来てコーチをすることになった。

大阪社会人を夕食している歴史があり、大阪府知事盃で第2シードになった歴史もあるので彼らが驚いたのも無理はない。次の日も朝からお付き合いをすることになったが、我々が次の訪問地へ出掛ける際、二人とも涙ぐんでいた姿を覚
えている。

まだ存命されているのだろうか?。もう60代と70代になっているだろうが、私のことを憶えているだろうかと懐かしむ。

是bb号で触れたお2人は世界的にも大活躍をされており、名古屋大会でピンポン外交のきっかけとなった「荘即棟」とダブルスで星野選手が勝利しているのだから凄い。
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