2012-12-14

来世を信じたら  NO 3128


 北朝鮮のミサイル発射が世界に衝撃を与えた。また、中国の航空機が日本の領海を侵犯した。国内でややこしい選挙が行われている最中、近隣諸国がややこしい行動を起こしている。

 どちらも宗教から程遠い国家。仏教が説く「感謝」「や「合掌」なんて発想はないようだ。

 宗教は庶民が苦しい状況の中に「今こそ宗教が」と現れるし、平和な状態になると「今こそ宗教が」と登場するのも不思議だが、中国の国民の人数よりも世界でイスラム教を信仰する人達の人数の方が多いことも知っておくべきだろう。

 イスラムの世界では、豚肉やアルコールは禁止され、信者の人達が仮に日本の国に訪れたとしても、一回でも豚肉やアルコールを料理したり用いた鍋や食器も禁じられており、その対応が大変だそうである。

 シンガポールからイスラム教を国教とするマレーシアに入国したことがあるが、そこの食品には国家が構築した「食」に関する組織団体が存在し、決められたマークの付いた食品を世界中に出荷しており、我が国にもその理解なくして信者の人達を迎えることは出来ないことになる。

 前にも書いたが、仏教は「奪い合い」ではなく「与え合い」の教えである。どんな宗教でも信仰している姿は美しいものだが、一部の国の「ナマステー」のように、手を合わせる姿は更に美しく、過去にタイ航空を利用した際の客室乗務員の合掌の姿に感じ入った思い出もある。

 トンネル事故の余波が続いている。天井盤のないトンネルで、飛行機のエンジンみたいなファンが大きな音を発しているところを何度も通ったことがあるが、もしもあれが落下してきたらと思うだけでもゾッとしてしまう。

 今日あることは本当に幸運なこと。被害者にならなかったからこんな「コラム」もどきを発信出来る訳だが、もう車の運転をしないので車での加害者になることはないだろう。

 尼崎で起きた大変な犯罪事件の首謀者らしき人物の自殺のニュースがあった。自殺をするのは人間以外の動物にはない行為。もしも来世の存在を信じていたら、この世から自ら出立することはないだろうし、犯罪行為に至ることもなかっただろうと想像する。

 30年ほど前、ある組織の総会に出席した際のこと。会長の挨拶が始まった冒頭で、いきなり私の名前が出て来て、「この会場におられたらお立ちください」と仰ったのでびっくした。

 会場内には約500人の人が集っていたが、体験したことのない緊張の状態で恐る恐る立ち上がったら、会長は次のように紹介くださった。

「この人の書いた小説を読み『そうなんだ!』と思ったことがあったので皆さんにお話しいたします」

 それは「葬儀屋七万歩才のあの世の旅」のことだったが、紹介くださった部分は「情操教育のことで、小説の中では「知・美・倫・宗」というテーマで書き、理解し易いように「百合の花」を比喩として用いていた。

  この花は「百合」と呼ばれるものであるというのが「知的情操」。そこに美的感覚を抱くことが「美的情操」。花を折ることなく一人でも多くの人の目に触れて 保養になればと考えるのが「倫理的情操」。その花を見て「いつまで咲き続けることが出来るのだろう。枯れても来年に咲くことが出来るのだろうか」というよ うな所行無常的な思いを抱くことが「宗教的情操」であり、会長さんは、そんなことを仰って、現在の学校教育の中で欠落している問題だとご指摘の言葉につな げられた。

 そんなご紹介から愚書に対するご要望を多く方から頂戴するに至ったが、それで交流が一気に広まった嬉しい思い出ともなっている。

久世栄三郎の独り言(携帯版)
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