2003-03-22

ドライブスルー   NO 380

葬儀の司会を担当するために国道25号線を西に向かって行くと、「しまった」と気付く渋滞に巻き込まれてしまった。
 
 このお彼岸の頃、四天王寺さん、そして納骨寺として有名な浄土宗一心寺さんの前を通るのは避けるべき。今日に限って忘れてしまい随分と時間を消費してしまった。

 さて、今日の葬儀は「密葬儀」。ある会社の会長様というお方。ご自宅の近所の式場で進められたが、予想以上に参列者が多くて驚いた。これは、きっとご人徳からだろう。

 近くに幾つか社屋があるところから、ご出棺後、その内の2ヶ所を巡る行程を組んだが、それぞれの会社の前には社員さんが整列されてお見送り。一斉に「会長、有り難うございました」との掛け声にはグッときた。

 この会社の社葬は、後日にホテルをご利用されることで内定しているが、プロデューサーである私には、重い責務が課せられている。

 「この頃全国のホテルで流行の『ドライブスルー』的な社葬はやりたくありません」

 ドライブ・スルーとは言い得ておられる。この形式は、入り口で献花を受け取り、そのまま祭壇前で供え、立礼者の前を通り立食会場へというスタイル。つい最近、著名なホテルでの社葬に参列された時もこのパターンだったそうで、参列者からブーイングが出ていたとのこと。

 ホテルとは何と低次元なサービスを提供されているのだろうか。これらは私が数年前から指摘していたこと。全国を飛び回ると何処でもそんなご意見やご感想を耳にする。ご存じないのはホテルだけ。

 「当ホテルグループは、儀式たるものは一切しません」と宣言されている立派なホテルもあるが、「しません」ではなく「ノウハウとソフトがありません。会場提供と食事しか出来ないのです」と言われるべきだろう。

 全国に支店を開設されておられる今回のお客様は、あちこちのホテル社葬に参列のご体験があり、そんな中に私との接点が生まれ、今日のご仏縁を頂戴したものである。

 厳粛な儀式空間を創造し、参列される方々に緊張が生まれるようなシナリオ構成を予定しているが、それは、お飾り申し上げるご遺影の存在を考えると極めて当たり前のこと。それを理解せずしてホテル葬サービスは有り得ない。

 過日、東京で行われた著名人の偲ぶ会。発起人と遺族側の思いが異なっていた。私がアドバイスで重視したことは「礼節」であり、単なる展示会にするべきではないということ。遺品となった作品の展示よりも人生という「人」を明示するべきと言い切った。

 「集い」や「会」のレベルでは、故人と遺族に気の毒だ。命の尊さと悲しみの理解なくしてホスピタリティは語れない。私のプロデューサーたる信念と哲学が、ここにある。

 今、私のこんな考えを理解するホテルが幾つか登場してきた。それらはお客様の声を重視したから。日本のトップにランクされるホテルからの専属プロデューサー招聘は、それらをすべて分析されてからのもので、さすがに超一流のホテルだと思っている。

 無宗教形式をご要望されるホテル社葬には、プロデュースに併せ、音楽と司会が特に重要となってくるが、司式者としての司会力が必要であることだけは認識して欲しいもの。

 会や集いなら司会者でいいだろうが、無宗教形式には礼節という観点で『式』が不可欠。
そこに無宗教だけの『司式者』が求められてくることになる。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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