2003-08-25

ディナーの席で    NO 526

昨日からBGMをアップした「慈曲」と「星名国際登録」のページをお開きいただけましたでしょうか? 葬儀の光景をご想像され、何度かお聴きいただければ不思議なイメージが生まれ、安全運転にも効能があるように思っています。

 さて、ある大手ホテルのスタッフのレクチャーに参上した。それから数日後、トップの方からディナーの招待を受けた。

 私は、接待をされるのが大嫌い。そこで、共通する知人を同席することと割り勘ということでご納得をいただいた。

 そんな食事の席、知人が予想もしなかった話題を持ち出した。それは、このホテルと競合する航空会社系列のホテルの話題。

 「あの系列のホテル。社葬やホテル葬を大々的に宣伝しているが、万が一、航空機事故の被害者の偲ぶ会や社葬となったらどうするのだろうか?」

 私は、「ドキッ」としてすぐにトップの表情を窺ったが、意外と悠然とされておられる。そして、私の意見を求めて来られた。

  我々葬儀社は、プロとしての立場で分析すると、加害者側からの依頼で葬儀を受けるべきでないと考えている。それは、怒りの対象が我々にも向けられることに なり、予期しなかった悲しみの儀式の場で、遺族側が故人に対する思いを「かたち」に出来るコミュニケーションが全く期待出来ないからである。

 そんなところから被害者側から依頼を受けるべき。そこで怒りに同調しながら、故人に対する出来るだけの思いを受け止める。それが少しでも慰めにつながる筈。

 そう答えると、「うーん、プロらしい分析で分かり易い」とおっしゃられ、そこから今後のホテル葬サービスの構築について話題が進んだ。

  知人の話によると、このトップがディナーに誘うことはVIPぐらいしかないそうで、お前ごときにお呼びが来るなんて、と不思議がる発言もしたが、「今、当 ホテルにとって、特別なVIPになっています」とお世辞を言われた瞬間、また責務が増えた恐ろしさを感じることになった。

 デザートになった頃、研修の席に参加していたスタッフの内の数人が来られ、鄭重に御礼を言われたが、ホテル業界に於けるホテル葬ビジネスが激化しつつあることは確実。立派なハードにお粗末なソフトではお客様のご満足には至らない。

 ホスピタリティの原点に、「悲しみへの癒し」が重要だと提起し、ホテル葬は、ホテル本来の仕事であることを理解されたホテルが、またひとつ増えたことになった。

 ホテル葬は、ポストブライダルの発想というビジネス優先では絶対に成功しない。ホテルサービスの原点であるとの意識改革、そこにブライダルとフューネラル両方で、グレードアップされた「人<財>」の育成が始まるのである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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