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2005-12-07

酒は涙か溜め息か?  NO 1356


 ある割烹に立ち寄った。カウンターに和服姿の美しい女性が独りで座っておられる。他に客はなく、遠慮して5席ほど離れて座ったら「せめて2席ぐらいになさったら」と突然言われて驚いた。

 もう勝手な思い込みが始まっているかもしれないので先に申し上げるが、この女性とは初対面、後の会話で私と同じ干支で一回り先輩。帯、指輪にさりげないオシャレを感じる素敵な人だった。

 この店は知人の馴染みのところだが、私が独りで暖簾をくぐったのは初めてのこと。少し緊張気味に入ったが、そうさせたのは外の厳しい冷え込みの所為、この店の「湯豆腐」が無性に恋しくなったから。

 入り口側は隙間風で少し寒く、お言葉に甘えて3席奥の方へ座らせていただき日本酒を注文。

私の酒量は、日本酒1合が限度。それでも顔が真っ赤になるタイプ。こんな店で<湯豆腐だけでは>と思い、鯛の薄造りもお願いした。

「寒いでしょう。この季節、熱燗の日本酒が最高でしょう?」から始まった彼女の会話、その言葉遣いの美しさがお見事のひとこと。私も<負けじ!>と日常活用語で対応。しばらくすると「関東のお方ですか?」と聞かれたことからも、大阪弁がポロっと滑ることがなかったよう。

 包丁を握っている板長さんがニヤッとしている。彼とは過去に趣味の話題で盛り上がったこともあり、知人とのつながりも深く、私のことをよく知っていた。

「大阪生まれの大阪育ちです」と返したら、手にされていたグラスを置かれ不思議そうに私を凝視、「お仕事は?」と職務質問が始まった。

 板長も成り行きを楽しんでいる様子、そこでいつもの悪戯っぽい応え方で返すことに。

「100人に訊きました。あなたの仕事は何でしょう?しかし、誰も正解がありませんでした。さて、私の職業は何でしょう?」

  まあ、色々出てきた。こんな変なオジサンに対して予想もしない職業が次々に。医師、弁護士、大学教授、建築士、会計士、ホテルマン、中学校の先生という順 だったように記憶するが、10種ぐらいを列挙された時点でお手上げのポーズ。「参りましたわ。教えてください」で葬儀社であることを正直に申し上げた。

 そこで一瞬、静寂のひととき。ちょっと間があって言われたことが「まあ、ご立派なお仕事!」であり、そこで板長の応援紹介コメントが入った。

 そこから10数年前にご伴侶を亡くされた思い出話を拝聴し、ご主人様に捧げる言葉を即興で朗読し、板長を含めた3人で献杯をすることになって涙を流して喜んでくださった。

 しかし、その後がいけなかった。余計なことを言ってしまって反省も。

「奥様に先立たれた男性の余命平均は5年、ご主人に先立たれた女性の余命平均は20年だそうです。女性は男性よりもはるかに強く、光り輝く余生を過ごされる方も多いようです」

 そう言ってしまったのだが、彼女は真剣な表情で私を見つめ、グラスに残っていたお湯割りを一気に飲まれ、「そう、私もそうよ。今でも悲しいけど、元気で輝く姿の方が主人が喜ぶと思っているの」と、ご自分を励ますように切々としたお言葉。

そんな出来事で、何かご主人を羨ましく感じた酒の味、<男は先に逝くべきかな?>と思った帰り道だった。
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