2018-11-07

NO 8370 短編小説 あの頃 ⑯

憧れのホール吉村が嬉しそうな表情を見せながら一人で頷いている。そして「社長や支店長が君を選んだことが見事に当たったようだ。これ、絶対に話題になってヒットするよ」と賛辞の言葉を出しながら拍手をすると、店内にいた人達がみんな揃って拍手をしてくれた。

吉村のゴルフに関する蘊蓄のレベルの高さは知られているが、また誰も知らなかったことをみんなに教えてくれた。

「毎日多くの人達がラウンドしているが、誰も気付かなかったことに気付いて特許を申請したことがあってね。それはコースの設計アイデアなんだけど分かるかなあ?」

誰も答える者はなく、やがて吉村が解答を解説してくれたが、それは発想の転換と言うアイデアで、答えを知ったら誰もが納得するものだった。

当時のゴルフ場のグリーンは「高麗」と「ベント」の2グリーンが常識だったが、そのアイデアと言うのは一面のグリーンをティーグランドの横に設定してどちらからでもラウンド出来るという発想だった。

左ドッグレッグが右ドッグレッグになるし、打ち上げのコースなら打ち下ろしのコースになる。言われてみれば簡単だが、誰もそんなことに気付かなかったことも事実で、水野はそのアイデアに驚き、きっと特許が受理されて効力を発揮しただろうと思っていた。

水野の発想したアイデアは銀行の支店長を通じて頭取に伝えられ、そのアイデアを保護す。る必要があるとも判断から弁理士に会うことに進展した。

次の日の支配人と二人で弁理士事務所を置訪れたが、人の好さそうな人物に安堵しながら要件を伝えると、その弁護士もゴルフでシングルを目指していることが判明し、現在ハンデ10という弁理士は「素晴らしいアイデアです。是非私を第一後の参加者にしてくださいと」懇願されてびっくりすると同時に安堵したが、関係書類の公的申請が行われた事実からほごされることになり、その後に同様の提案をするゴルフ場が出て来ても大丈夫という結論で帰社した。

帰路の車中で決まったのが参加者の負担する登録費用で、それを3000円と決定したが、「捕らぬ狸の皮算用」という言葉があるが、1000人の参加があれば旅行プレゼント費用が軽くクリア出来るし、一度登録した人達が少なくとも18回は来場してくれるのだから有り難いが、ハンデゼロの吉村のことが話題になり、彼ならレギュラーティからのラウンドなら10回以下で達成するかもしれないと最悪の想定まで話し合ったが、2人の会話は期待が膨らむことから上機嫌でクラブハウスに到着した。

事務所に入るとIT技術に長けたスタッフ山原が、すでに仮設のHPを完成させていた。彼が入社したのは1年前のことだが、すぐにHPのリニューアルを提案して自作したので事務所内のスタッフ全員が驚いたが、それはITの専門学校で学んで来たしっかりと裏付けされた技術だった。

HPの公開前にフロントで明日から来場される方々への案内パンフや申し込み書も必要だし、チェックアウト時の伝票明細の追加表記対応もしなければならないが、事務長の草野が「印刷会社に電話でストップしましょう」と提案した。

それはメンバーに定期的に郵送する会報誌の印刷構成が始まっているという事実で、ストップしてこの提案を掲載させたらというものだったが、全員が賛成して電話を入れたら間に合うことが分かった。

夕方、支配人がフロント前のロビーにいた。そこで清算を終えた顔見知りのメンバー達に声を掛けて新しい企画提案の感想を求めていたが、聞いたメンバーの中で半数の人達が即決で参加希望があったそうで大満足の様子。経営の将来が危ぶまれていたゴルフ場が水野の発想したアイデアで起死回生の満塁ホームランのようになったと事務所内が活気に包まれていた。

次の日、午前10時前に事務所に電話が入った。相手は銀行の支配人で各支店の行員の中でゴルフをやっている人達に強制参加させたそうで、52名の登録となった。参加費用の収入アップだけではなく、このゴルフ場へ来ることのなかった人達が来場してくれることになる。4人一組で換算すると200人以上を迎えることになる。この調子では休日の問題も浮上するであろうし、キャディーさんの増員、レストランのスタッフや事務所スタッフを募集することも考えなければならない。先月にどのようにリストラをするべきかと重くて沈んでいた環境が水野の入社で激変した。パンフの感性、メンバー情報誌の送付、HPの公開を待たずしてこの状況で、明日からの希望が今日の天候のように晴れ渡っていた。

次の日、吉村、金村、ドラちゃん、会計士も4人が来場してくれた。みんなで相談して花を添えようと来てくれたのだが、水野はその彼らの行動が嬉しく手涙ぐむ程だった。

ハーフを終えた昼食時、水野も彼らのテーブルで食事を共にした。彼ら4人で参加者を29名も紹介登録してくれたので感激だが、吉村の「勧誘して企画を説明したら全員が即決だったよ」という言葉が最高に嬉しかった。 続く
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