2003-04-16

ホテル葬の弊害    NO 401

毎日のように全国でホテル葬が行われている。社葬、偲ぶ会、お別れ会など、それぞれの形式呼称は異なるが、その大半が無宗教形式で「食事」という「おもてなし」が中心となっている。

 「当ホテルは、宗教者は『お断わり』になっています」「当ホテルでは、儀式的なことは一切いたしません」

 そんなことを売り物にしている低次元なホテルも多いが、それらを体験されたお客様から生まれている声を耳にされたらきっと衝撃を受けるだろう。

 ある社葬の打ち合わせを行ってきた。会議に参加された多くの役員さん達は、これまでに全国のホテル社葬への参列体験をされており、全員が「あれはおかしい」「故人に失礼だ」「社葬の意義がない」「後日に遺族の怒りの声を聞いたことがある」とのご意見で共通していた。

 私は、そんなお言葉に応えて「立礼者である遺族が晒し者。その前で立食パーティーをされている光景は滑稽で悲劇であり喜劇である」と申し上げた。

 この会社の方は、過去に弊社が担当させていただいたホテル社葬に参列されておられたそうで、私に強く求められてこられたことは「社葬の意義」。全面的にプロデュースを担当して欲しいと言うことだったが、司会は私という絶対条件を付言されてしまった。

 「かしこまりました」と即答申し上げたが、続いて、この社葬に「やりがい」があると嬉しく思うご発言があった。

 伺ってみると、故人にはお子様がおられず、ご伴侶のお悲しみが非常に強いそうで、奥様を気遣う会社の姿勢を表現して欲しいとおっしゃられた。

 これは、私がプロデュースする場合のシナリオに必ず組み込むコンセプトでもあり、過去にご体験くださった時のシナリオ構成に感動したと言われたことが嬉しかった。

 一方で、全国的な団体の役員のホテル社葬に際し、アドバイスを求められた。悲しみの遺族の存在へは全く配慮なく、参列者の接待だけを重視した形式で、費用の上限はないという信じられないものだった。

 故人は、世間で言われる「天下り」。会社側には「かたち」だけの社葬ということだが、それはホテル側の提案で進められ、入り口で花を受け取った参列者が祭壇前で献花し、そのまま立食会場へ流れるパターン。

 飾られたご遺影と遺族の存在を考えると怒りが込み上げてきたが、相談を依頼された方もその思いが強く、妙案はないかと来られたのである。

 施主である会社の社員を活用させる姿勢もなく、接待スタッフや受付担当の女性すべてがコンパニオン。「必要なら100名でも入れろ」とは恐れ入った。

 そんな社葬に参列された方は、いったいどのような印象を抱くのだろうか。こんな社葬ならしない方がまし。そんな考え方が潮流となって、近い将来、必ず社葬は消滅する筈。

 私は、こんな考え方の社葬のプロデュースはお断わりしている。プロは笑われることに手を出さないもの。「創業者を社員全員がお送りする」、そんな社葬なら知恵というソフトを駆使して構築するし、それこそプロの冥利に尽きること。

 最近、「お笑い」というホテル社葬が流行しているが、これは、本当に喜劇であり悲劇でもあるのだ。
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