2023-07-22

お勧めです  NО 9988

長崎県大村湾の夕景最近はユーチューブで音楽を楽しむことが多く、時折に「掘り出し物」に巡り会うこともある。

私はハモンドオルガンを35歳から挑戦した歴史があり、それを塩素されていた「古関祐而さん」の大ファンであり、「君に栄冠は輝く」や「オリンピックマーチ」に感動したものである。

自衛隊の歌姫として知られる「鵜真衣さん」の歌われる「長崎の鐘」を観たが、曲が転調されてメジャーになった部分で背景映像が変わり、粟島から海が見える映像は素晴らしかった。

曲の作詞者は「サトウハチロウさん」で、作曲は「古関祐而さん」なので、死ぬまでにお二人の記念館のある北上市と福島県に行きたいと考えているが、果たして叶うのだろうかと思うこの頃である。

「鵜真衣さん」の歌われた会場は宝塚市であり、南あわじ市との共催で「コロナに負けるな」という企画イベントだったが、「長崎の鐘」は彼女の声に最高にマッチしており、ぜひおすすめと申し上げたい。

さて、大病を患って李はビル入院していた時、私の朋友の孫が亡くなるという不幸が起きていたことを退院後に知って衝撃を受けた。その子は絵の才能に長けており、何度も入賞した歴史もあるが、幼い頃から体に恵まれ、小学校に入学したころには駅の改札口で「中学生」と間違われることも少なくなかったし、「タモリさん」の番組で「全国の体の大きい小学生が来てくれるかなあ」に出演し、「君は本当に小学生?」と言われた光景も憶えている。

兄弟そろって立派な体格をしており、ずっとラグビーに親しんでいたが、中学生の頃には名門大学からの入学の勧誘があった程だった。

そんな彼が亡くなったのは岡山県での合宿に参加していた時で、熱中症で倒れて搬送されたものだった。電話で知った友人夫妻が岡山駅から特急「やくも」で現地へ向かったが、途中で倒木がって列車が動かなくなり、病院へ着いた時には間に合わなかったそうで、ずっと悔やんでいた。

友人夫妻はその後に奥さんの病気のこともあり営業していた喫茶レストランを閉めて熊本へ帰郷され、何度か自宅を訪れたが、私も何度か逢ったことのあるお孫さんの写真が飾られていて涙が止まらなかった。

東京オリンピックや今年の世界大会などで彼が活躍される姿を観たかったが、残念でならない出来事して忘れられないでいる。

退院してから左半身の温覚痛覚麻痺が続き、銭湯の湯船に入っても左半身が水風呂に感じるし、点滴や予防接種を受ける際にも全くチクッとする痛みはなかったが、7年経った頃から感じるようになってきたので回復しているのかもしれない。

今日は寺田町のクリニックへ行って来た。来週の木曜日までヘルパーさんの来宅がないので用心して行っておいたのだが、「もう少しで全快です」と言われて嬉しかった。
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