2002-06-14
親の葬儀から 後 編 NO 105
「葬儀屋さん、オヤジの時から8年、葬儀の物価の変化はどうなっていますか?」
火葬料金、霊柩車料金、ハイヤーに始まり、8年の月日の流れに、何もかもすべてが値上がりしていることは事実であるが、どうにも返答に困る質問であると難渋をしていると、今度は、弟さんが発言され、兄弟3人の討議が始まった。
「物価の上昇のパーセンテージで考えると、あの当時の70万円は、現在、90万円ぐらいかな。100万円までは行っていないと思うな」
「仮に100万円だとして、オヤジより立派なことはおかしいし、女性ということからも7割から8割ということで、70万円から80万円でどうだろう。みんな、どう思う?」
円卓を囲んで座りながら、ご兄弟のこんなやりとりを拝聴していた時、少し離れた所のソファーで腕を組んで見ておられた人物が、突然、「馬鹿者!!」と、大声を張り上げられ、円卓の輪の中に割って入って来られた。
「葬儀屋さん、愚かな息子達で恥ずかしい限りです。どうか、この私に免じて許してやってください」
重くて厚い礼節を感じる方のご登場。ご本人が、8年前に亡くなられたお父様の兄であることを教えてくださった。
「お前達は、いい歳になって、なんの成長もしとらんではないか。嘆かわしいことじゃ。葬儀はお前達が取り仕切ることだと考え、黙って聞いておったが、もう我慢ならん。お前達の親父に代わって説教をやらなければならん」
このおじさんは、彼らにとって怖い存在の人物であったことが伺える。おじさんが胡坐を組んで座られた時、彼らは全員が咄嗟に、正座に座り直したからだ。
馬鹿者、という声が大きかったことから、炊事場や故人がおられるお部屋にいた方々も寄って来られ、外側を取り囲まれるが、ひとりのおばさんが「ご本家の意見としてお聴きしなさい」とおっしゃったことからも、ここでは最も存在パワーがあられることも知った。
「ええか、物価の変化がどうした? 相場が云々。ここまでならまだ許そう。しかし、お前達には<送ろう>とか<母の最期>という気持ちがひとつも伝わって来ないことに腹が立つ。お母さんが哀れでならん。きっと、お前達の親父もあの世で怒っている筈じゃ」
3人の方々の後方には、それぞれの方の伴侶達も座り出しているが、お孫さん達は、場が普通ではないことを察したようで、遠ざかってしまっている。
「なんだ? 男に比べて女だから7割? 8割? 葬式で男女差別をして何を考えているんじゃ。なあ、葬儀屋さん。あんたも説教をしてやってくださらんか」
これは困った立場になったではないか、でも、この場が何とか治まるようにしなければならない。私は、<仕方がない>との覚悟で、言葉を切り出した。
「8 年の月日の流れを<ご成長>とお考えになればいかがでしょう。お父様をお送りされた時はそうだったが、8年の月日で、私達もこのように立派に成長すること が出来ました。お父様より立派な葬儀ですが、お陰様でお母様をこんな葬儀で送ることが出来るようになりました。お父さん、叱らないでね」
そこまで言った時、おじさんが私に近づいて来られ、いきなり握手を求められ驚いた。
「よく言ってくださった。私の言いたかったことは、そのことなんじゃよ」
お陰で、お父様の時よりも盛大な葬儀となってしまったが、息子さん達もご納得をされていたことだけは確かであった。