最古
2019-04-19

伊勢の郷愁  NO 8478

鮮魚電車小学1年、2年生を三重県志摩郡磯部町で過ごした。だから伊勢方面には詳しいと思っている。両陛下が宿泊された賢島観光ホテルにも何度か行ったことがあるし、小学校の遠足で賢島に行ったことを憶えている。

小学校と行っても「分教場」で、幼稚園も存在していたので懐かしいが、遠足は「青峰山」登山もあった。

大阪で生活をするようになって小学校の修学旅行で伊勢へ行ったが、宿泊したのは「二見」ですぐ近くに夫婦岩があった。

前号に写真を掲載した宇治山田駅には思い出が多い。青春時代に駅前のレンタカー営業所でクラウンを借り、鳥羽や賢島をドライブしたり伊勢志摩スカイラインを走行したこともあった。

同じ営業所で2回目に借りたのはダットサン・ブルーバードsssで、1969年公開の石原裕次郎さん主演映画「栄光への5000キロ」を観て無性に同じ車に乗ってみたからだった。

同じ思いの友人達と開通したばかりの伊勢道路を走行したが、カーブでタイヤの音が鳴る現象は心地よい響きとなっていたので懐かしい。

2年生の頃、担任の先生が映画を観ようと10数人の生徒を誘い、伊勢市駅のすぐ前の映画館の入ったことを憶えているが、映画のタイトルや内容は全くきおくしていない。しかし、宇治山だ駅から賭場に向かうバスで運命を左右する出来事に遭遇した。当時はトレーラーバスが運行しており、宇治山田駅と鳥羽駅の区間は利用者が多く、駅前のバス停にも長蛇の列が並んでいた。

満員で乗れないかもしれないと思ったとき、後方からやって来るバスが目に入り、先生に伝えるとそのバスも鳥羽行きでそれに乗車することになった。

やがて我々を乗せたバスが発車した。次の駅で先を行くバスに追いつき、2台が縦走して二見のトンネルを過ぎて鳥羽方面に近付いていた。あるカーブのところで不思議なことが起きた。前方を走ってバスの姿が消えたからで、我々のバスの運転手さんも異変に気付いたみたいで速度を落とした。

そこで判明したことは消えたバスが何かの弾みで道都から転落していたからで、かなり多い負傷者出ていた。

もしも前方を行くバスに乗っていたらこの世におらなかったかもしれず、人の世の不思議な運命を顧みる。

もう少し伊勢について触れておこう。鳥羽から賢島までは「志摩電鉄」という旧式の電車が走っていた。私の家の最寄り駅は「志摩磯部駅」だが、現在の駅はスペイン村が開園したことから移転したもので、当時は「上之郷駅」となっており、鰻料理で知られる「中六」や伊勢神宮にゆかり深い「伊雑の宮」もこの駅に近い。

宇治山田駅前のレンタカー営業所で3回目に借りたのは熊本に在住する友人夫妻を伊勢神宮参拝に誘った際で、奥さんに運転を担当して貰った。

宿泊したのは鳥羽のシーサイドホテルで同年に3階利用し、昨年も関東にいる孫がやって来たので利用した。

昔の志摩電鉄はそれこそローカル鉄道だった。貨物を一両牽引していたことを憶えているし、新車が投入されて「急行」が運転されて無性に乗りたかったことも記憶しており、2両連結で運転されるときは必ず後方の引っ張られる車両にのっていたこともはっきりと憶えている。

今回両陛下が伊勢方面に出掛けられ、沿線の方達から歓迎されているニュース映像を観たが、私は小学生の頃、授業で日の丸の手旗を製作することがあり、数日後に現在の近鉄志摩線の沓掛駅近くの峠で「昭和天皇」の行幸を歓迎して手旗を振ったことも懐かしい。

前述した「青峰山」にもう一度行きたいと思って杖を手に3年前に挑戦したことがあったが、10分ほど上って諦めたことが残念である。

青峰山の頂上には「金福寺」というお寺が存在し、船舶関係者にかなり厚い信仰がされている
登山道はいくつかあり、全てをクリアした歴史もあるが、大病を患ってからはタクシーで頂上に行くしかないようだ。

今日の写真は近鉄の「鮮魚」電車を。
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