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2019-11-21

命の伝達  NO 8640

テレビや新聞で話題なったこと友人の葬儀に参列したが、妻が奥さんと交友関係があり、私に「お別れの言葉を」と言うことになり、急遽司会者に伝えてご導師の了解を得た。

随分とマイクを手にしていなかったので声量が心配だったが、その時間を迎える前に女性スタッフがお茶を持って来てくれたので助かった。

本番とはことなるが、この「独り言」を訪問くださる葬儀司会者の皆さんにこの季節に関する参考フレーズを書いておこう。

「裏を見せ表を見せて散る紅葉」は知られる良寛様の句だが、紅葉は葉の命の燃焼だと言われている。遠い野や山が紅(くれない)に染まり、北国にはもう雪の便り。何よりも人の恋しさが募り、過ぎゆきし年月(としつき)を思い懐かしむこの季節、近所の方から急逝されたとの訃報を耳にし、衝撃が走った。

もうすぐ「師走」だが、人々の喜び悲しみ全てを押し流すそんな時期を前にこんな衝撃を受けるとは夢にも思っていなかった。

「あなたはある理由のためにこの世に生まれ、ある理由のためにこの世を出立された。無垢で欠けることのない美しい価値ある人として時を過ごされ、与えられた時が過ぎたのかも知れないが、ここに送る皆様はあなたのことを思い浮かべながら、あなたがされて来られた全ての命の元にその一部を残されていることを心に刻んでいます。

人は悲しみや苦しみを乗り越えて生きて行かなければなりません。生かされることが終わるまで共に生き、生かされていることをあなたのご逝去が教えてくださったように思えてなりません。

長い葬儀の仕事である高僧が説かれたお言葉が印象に残っています。「人の死は2回あり、1回目の死はお通夜や葬儀が行われる死であり、2回目は故人を知る最後の方がこの世を出立される瞬間であり、あなたは皆さんの心の中で行き続けているのです」

涙は悲しい時にだけ流れるものではありません。涙は感情が極まった時に生まれ流れ出るもの。人が生きている、生かされている証でもあるのです。

涙の成分は真っ赤な血液だそうです。それが透明になって流れ出るまでのプロセスがその人の心を助けてくれるのです。どうか透明の涙で故人のことをしっかりと思い浮かべて送って差し上げてください

私が葬儀司会者は親を送って一人前。孫を持って本物の司会者となると若い司会者の皆さんにそれまで謙虚にと指導してきていたが、その背景には「命の伝達」という重要な意義が存在しているのである。

葬儀式が終わって導師が退出されると、お棺が中央に移動されて蓋を開き、ご遺族や関係者の皆さんの最後のお別れのひとときとなり、半を入れたり手紙を入れたりして「形見」と入れる物の区別を促して心残りがないことを確認してから蓋を閉じるが、その上に花束を奥前に「お孫さん、曾孫さん達集合」と声を掛け、お爺ちゃんの場合なら残されたお婆ちゃんの横に並ばせ、「あなた達はこのお爺ちゃんから命をいただいたことになります。お爺ちゃん命を有り難う。命を大切にします。そして残されたお婆ちゃんを大切にします」と近い、この花束を一人ずつ抱きしめて伝えなさい。という行動をしてきたが、それは私の指導した司会者達によって全国で行われているみたいで嬉しいことだ。

孫を持って初めて爺ちゃん婆ちゃんの心情が理解出来る。発する言葉の重みも確実に変化するもので、それまで謙虚にと言うのが私の哲学でもあった。

様々なオリジナルサービスを発想して具現化を進め、全国的に広まったことも少なくないが、学ぶは「真似ぶ」から始まるという言葉もあるが、そこに至るまでのプロセスを理解しなければ本物ではないと断言する。

20数年前に業界の講演でやがてホテルで葬儀が行われると発言したら嘲笑され、終わってから「そんなことになったら逆立ちするわ」なんて言われたこともあるが、ホテルでの「偲ぶ会」や「お別れの会」は今や常識であり、ホテル業界への講演で「ホテルが徳井とするおもてなしと飲食を売り物にしたら終焉を迎える。日本の文化は『神仏と共食』にあり、第二部の直会(なおらい)や御斎(おとき)だけを進めると大切な意義を失ってしまう」と指摘していたが、その指摘が最近は顕著なようで、「無駄なことはやめよう」という流れが出て来ている現実を迎えている。

今日の写真はあるホテルでプレス発表したお別れの会の光景で、遺影のモデルにしたのは私の妻であり、内緒でやったので当日にびっくりしていたことも懐かしい。この発表の模様はNHKテレビで特集放送をされたり、サテライトでも特集が組まれたが、最も驚いたことは、新聞の一面にカラー記事として掲載されたことで、それは2000年の出来事だった。
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