2002-03-26
ホテル葬・・ハプニング 後 編
時間的な調整がなされているとはいえ、最新の注意が必要である。そこで、想像しなかった事件とは、お部屋に着替えに行かれたブライダル出席者の方が、エレベーターのボタンの誤りから迷われ、声のする我々のいる部屋を間違って開けてしまったのである。
即座の対応はプロデューサーである私の仕事。こんな場合の絶対的なトークも持ち合わせてはいるが、設営されたご祭壇を見られたときの驚きの表情には、そんなトークが通用しない心情に襲われて当然であり、ご遺族がやって来られるまでの3時間の余裕、それだけが救いであった。
一瞬の静寂。そして、しばらくして一人の女性が「きれい、初めて見たわ。やっぱりホテルね」という言葉を出された。
そこで私の登場、ホスピタリティを提供するホテル本来の仕事、お悲しみのご遺族を癒し慰めるホテルサービスの薀蓄羅列のオンパレード。
「最近、ホテルでお葬式が増えているそうね」「新聞やテレビで見たこともあるわよ」
「私も、こんな祭壇なら歓迎よ。大きな声で言えないけれど、家の婆ちゃん、きっと喜ぶわよ。」
そんな言葉が交わされる。まるで「お葬式フェア」会場の光景のようだ。
ブライダルのお客様なのに、こんな会話となることは予想もしなかったが、なにより現代的でシンプルな祭壇で、ホテルらしいイメージが功を奏したらしい。
事件は、それだけでは終わらなかった。その方々が「話の種になるものを見せていただいて有り難う」と言って部屋を出られてから10分も経たない内に、なんと会話の中に登場した「婆ちゃん」ご本人が、先ほどの方々に連れられて、留め袖姿でやって来られたのである。
共に入ってこられたのは7,8人はおられただろう。ご遺族に早くやって来られる方がいないことを祈るばかり。
「ほんと、きれい。私の時はこれがいいわ。ごめんなさいね。非常識な衣装で。ホテルの方にお聞きしたら、ご家族や参列の方々が来られるのは夕方だそうで、スタッフの方だけと伺って参上したのです」
成り行きが恐ろしくなってきたとき、お婆ちゃんは、飾られたご遺影に手を合わされ、やがて、袂から香典袋を取り出され、ご仏前にお供えをとおっしゃるのである。
私が責任者として、頑なに辞退を申し上げていると、お婆ちゃんのお説教が始まった。
「み んなもよく聴いておきなさい。今日は私の可愛い孫娘の結婚式。そして、ここでお葬式。当家にとって、こんな目出度いことはないのよ。昔、私の郷では婚礼の 行列をするとき、わざわざお葬式を探すことや、お墓の前を通ったりしたこともあったぐらいで、もしも道中で葬列に出会えば最高に目出度いという教えがあっ たの。花嫁が死を迎えるまで相手の家に嫁ぐ。つまり<帰って来ない>という意味なの。これが<縁起>ということ。覚えておきなさい。さあ、みんな、<有り 難うございます>と、手を合わせましょう」
お香典は、ご事情を説明し、ご遺族にお渡ししたが、ご遺族と共にお婆ちゃんに合掌をしたのは言うまでもない。しかし、お香典返しについては感知していない。