2002-11-21
増えた「お心残り」 NO 263
数年前、大阪と東京で、大手新聞社主催の「お葬式」フェアが開催された。
総合プロデューサーを担当することになった私は、「葬儀の流れ」のコーナーと、「悲しみの体験談」の展示コーナーを重視したが、訪問された方々が最も感動され話題になったのが「悲しみの体験談」であった。
若くして伴侶を亡くされた方。事故で大切な方を亡くされた方。子供を亡くされた方。友人を亡くされて衝撃を受けた方など、25人の方々が思いを綴られたパ ネル展示のコーナーは、いつも人がいっぱいで、大半の方々が涙を流され「素晴らしい企画でした」とのお言葉を多く頂戴した。
そんな会場で、「プロデューサー、すぐに来てください」と、新聞社の方が血相を変えて私を呼びに来たことがあった。
歩きながら事情を訊いてみると、「責任者を呼んで欲しい」という方があるそうで、彼は「何か気に入らないことがあり、叱られるかも知れませんよ」とプレッシャーを浴びせてきた。
その方は、椅子とテーブルがセッティングされた一画で待っておられ、「君が責任者か?」と言うなり、堰を切ったように喋り始めた。
「君達は、責任を感じるべきだ。こんなフェアを開催するなら、なぜもっと早くに開催しなかったのだ」
しばらくの間、黙って拝聴しているとどうも話の辻褄が合わず、失礼だが言葉を遮り、こちらが知りたいことを伺うようにした。
やがて、おっしゃりたい意味が分かった。この方は、去年に伴侶を亡くされた時の葬儀に対して大きな不満を感じられ、その憤りを私にぶつけてこられていたのである。
葬儀社と宗教者に対する不満を30分も聞くことになったが、それらの結びに言われたことが次の言葉であった。
「このフェアが去年に行われていたら、妻が喜ぶ葬儀が出来たのに」
それは、非常に寂しげな表情で、成す術のないことだが、私は、ある提案を申し上げた。
一周忌の「偲ぶ会」を行なわれる方法もあることを伝え、デモテープの映像をご覧いただいたが、映像が終了すると同時に、「これ、最高。やる。絶対にやる。妻が喜んでくれる」とおっしゃられた。
その後、されたかどうかは定かではないが、その時にいただいた名刺で、その方がある大学の教授であることを知った。
さて、数日前に担当した葬儀で、これと全く同じことを言われることがあった。ご出棺を見送られた会葬の方が私に近付き、「葬儀社選びで大失敗をしてしまった。なんで、君達に出会えなかったんだ。オヤジに謝りたいよ」
そこで「偲ぶ会もありますよ」と思わず言ってしまったが、「3年も経ってしまっているから」と応えられ返す言葉が見つからなかった。