2007-09-24

此岸を考える時期  NO 1984


 お彼岸の時期、国道25号線沿いに在する四天王寺と一心寺の近辺は大混雑、人も車も大渋滞という様相である。

 聖徳太子制定の十七条憲法第一条に「以和貴為」に関する言葉があるが、四天王寺は和宗の本山であり、何宗問わずという歴史的大寺院。そこに納骨をされる方も多く、近くにある浄土宗の一心寺も全国的に知られる納骨寺である。

 これまでの弊社の歴史からすると、担当させていただいた方々のお骨が両寺院でお供養されている数を推察すると数万名様ということになるが、そんなところから、車で通過する際には必ず一礼を行い、タクシーの中の場合には黙礼と合掌をしてきている。

 この世に生を享けられた人は、それぞれが異なる人生を過ごし、やがて黄昏の時期を迎え、晩節に過去を振り返りながら終焉の瞬間を迎えることになるが、多くの人に送られる人もあれば、独り寂しくこの世を出立されて逝く人もある。

 身寄りがないという天涯孤独であっても、病院なら医師や看護師さんの看取りがあるが、それすらないという悲しい現実があることも知っておきたいもの。

 この時期、四天王寺の境内に大阪府警がテントを設置し、事故死や事件死で身元不明という不幸な方の「身寄り探し」の窓口を開いているが、過日の新聞記事に、その人数が2万人近いとあったので驚きである。

 考えたくもないことだが、犯罪の被害者となって、まだ誰にも発見されていないという方も存在するかもしれないので「この世」の現実に恐ろしさを感じるこの頃である。

 昨号で遠い昔のことを書いたが、私の小中学校時代なんてスパルタ的先生がいっぱい存在し、今では考えられない時代でもあった。

 今、間違いなく地球環境が変化して暑くなっているが、熱中症で倒れる子供達の人数があまりにも多く、食生活や家庭環境の違いに生じる体力低下などから対策を講じなければならないとも言えるだろう。

 人は、「他人の寿命を変えてしまう」という考え方も学びたいもの。「走れ!」との体育指導で死を招くケースもあるし、水分補給の配慮や「苦しかったら止めてもよい」との言葉で死に至らないということもあるだろう。

 それらは冬山の遭難や夏の海やプールにも関連し、過去にどれだけの犠牲者があったかを考えたいものである。

「そんなに甘やかしたら横着をする生徒が出てくる」という反論もあるだろうが、それでも他人の命に関しては臆病に考えるべきで、大学生、社会人の一年生に行われる「一気飲み」という愚かな行為を止めるべき。

 高校のゴルフ指導で事故のニュースがあった。生徒を前方に立たせてコーチが球種を見せるというものだったが、他人のクラブでグローブもしなかったようで思わぬ方向へ飛び出し、運悪く生徒に当たったというものだった。

 最悪の結果は免れたみたいだが、ゴルフのプロだというこのコーチ、まず誤っているのは「もしも」という臆病精神が欠如していたこと。それなくして教育や指導をするべきでないと考えたい。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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