2019-12-11

送られる時期  NO 8655

花菱の湯豆腐二十歳を迎えた孫が幼い頃に2年間をアメリカで過ごしていたが、アンパンマンのビデオを何度か送ったこともあったし、出発前に「やなせたかしさん」の故郷である高知県のアンパンマン・ミュージアムへ連れて行ったこともあった。

大きな「バイキンマン」を目にして足が震えていたことも憶えているが、娘夫婦が現地の準備のために渡米した間は我が家で預かって過ごしたが、アンパンマンに随分と助けられたことに感謝していた。

「バイキンマン」は「ガギグゲゴ」という言葉を発するが、夕方のNHKで「ゲゲゲの女房」の再放送を観た。ゲゲゲは鳥取県ご出身の「水木しげるさん」の作だが、今春に行った三朝温泉に向かう際に鳥取駅周辺で様々なグッズを目にした。

「ゲゲゲの鬼太郎」の前は「墓場の鬼太郎」だったと記憶し、三丁目の夕日の時代に紙芝居で観たことも懐かしい。

「コケカ・キイキイ」と紙芝居のオジサンが言っていたことが印象に残っているが、当時にやって来ていた紙芝居は自転車のオジサンとオートバイのオジサンの二人だったが、墓場の鬼太郎はオートバイの紙芝居だった。

当時にロバのパンやもあったし、岡山県から来阪していたカバヤキャラメルの河馬型の自動車も人気があった。

そんな小学生時代を過ごした私も来年で73才を迎える。何時。何処で、どんなこの世の出立を迎えるかは不明だが、数人でも惜しんでくれる人が存在すると信じたいものだ。

病院で専門スタッフの方々からアドバイスをいただいた。訪問看護師さんの手配や宅配食事とヘルパーさん必要性も指導されたが、いよいよ介護保険を適用する事態になってしまったようである。

桃谷駅から歩いていると車椅子対応の車があるマンションの前に停車していた。後方の扉が開いており、車椅子の障害者を降ろしたみたいだが、スタッフの方から突然私の名前を呼ばれたのでびっくり。その方は介護タクシーの仕事をされており、いつも妻がお世話になっている人物だった。

11年前に大病を患い、救急搬送された病院からリハビリ専門病院に転院する際に介護タクシーのお世話になったが、車椅子の状態で後方に向かって乗る走行だったので、随分と揺れて気持ちが悪くなったことを思い出した。

退院してから3年間はバスやタクシーに乗ることを避けていた。ベンチシートの電車の場合に後方の車窓が動くと気持ちが悪くなってしまうからで、やっと乗れるようになったのは進行方向に向かって座るロマンスシートの車両だった。

前号でも触れたが、後遺症として残る知覚障害は最悪で、左半身の温覚と痛覚が麻痺しており、湯船に入ったら左半身が水風呂に感じるのだから気持ちが悪い。

注射や採血時は痛みを感じないので助かったが、最近は少し「チクッ!」とするようになったのも不思議なこと。左手の爪が伸びなかったが、少し伸びて来たことも不思議である。

右目に現れたオーストラリア大陸みたいな陰は少し小さくなったが、それは回復することはないそうで、歩行時に右からやって来る自転車や車に気を付けなければならない。

目の動脈に血栓が出来たことが原因だが、その血栓が脳内で発生していたら脳梗塞の再発で、重篤になるところだったので助かったのかもしれない。

歩行時に足下が見えないことが危険である。凹凸が分からないので躓いて骨折でもしたら最悪で、杖に頼るパーセンテージが高まったからか、左の肩や肩甲骨部分が凝って大変である。

九州の友人が送ってくれた杖は「神戸ステッキ」の高級品で、杖でなくステッキに見えるように歩きたいが、だんだんと杖になってきている昨今である。

今日の写真は高野山の精進料理「花菱」で食べた湯豆腐を。
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