2008-04-11

ふと、三丁目の夕日時代のことが  NO 2174  


 昨日は、お休み。あれっ?と思っていたら風邪。身体の痛みや熱はないが、まるで花粉症みたいな症状で困っており、昨日と今日のご葬儀はスタッフが担当してくれた。

 前回の風邪でいただいた薬を服用、少しだけましになったようだが、明日は真向かいの医院に行くことにした。

 昨日、妻が「タケノコご飯」を炊き込み、社員や近所の方々に配達していたが、今日、偶然に九州産の見事なタケノコをプレゼントいただきびっくり、数日内にタケノコ入りの「かやくご飯」が炊かれるだろうと予想している。

 お釈迦様のご誕生日である4月8日は、3歳になる2人目の孫、そして大切な友人の誕生日でもあった。

 初孫は「アンパンマン」が大好きで、2歳になる前に高知県にあるアンパンマン・ミュージアムへ連れて行ったが、2人目の孫はアメリカ生まれからかもしれないが興味を抱かず、ピタゴラスイッチみたいな機械的なオモチャを好んでおり、そんな系統のオモチャを選んでいる。

 長女は文系、次女は理系のようだが、それぞれの個性が育まれる中で「やさしい」子供であって欲しいと願っている。

 数日前、娘ファミリーに誕生した3人目の孫の顔を見に行ったが、その際、初孫が「貯金をしているの」と貯金箱から全額を出して見せてくれたが、それを見たママから叱られていた。

 そんな光景を思い出しながら、幾らか貯金箱に入れてくるのを忘れ、<しまった!>と思っており、何かの折に送ってやろうと考えている。

 大阪を代表する名物「くいだおれ人形」で有名なお店が7月に閉店されると報じられていた。戦後間もなくに開業されたそうだが、私が親に連れられて初めて入店したと記憶しているのは小学校4年生の頃。確か「すきやき」を食べたようだった。

 この数年、女将さんから頂戴する季節ごとのお葉書の内容が素晴らしく、楽しみにしていた風物詩のようだったが、それもなくなることになるだろうと想像すると寂しくてやるせない思いを抱く。

 3丁目の夕日の時代は、通天閣のある新世界も大賑わいだったし、ちょうど通天閣の北角にあった筈のウナギ「まむし」の「いづもや」が存在していたことも憶えているし、「フグ」の「づぼらや」の大きな提灯も昔からだった。

 一方で、千日前の北側を西に入った辺りに「喜楽別館」という建物があったと記憶している。屋上階のあった展望風呂みたいなものが名物で、料理は「すきやき」が多かったような気がする。

 私のオヤジは「お風呂大好き人間」で、新世界とミナミによく連れて行って貰ったことも憶えている。

 上述の「いづもや」で、丼に入った「うな重」みたいなものを食べさされたことがあったが、注文する際に「まむし」という言葉にドッキリ、その意味を知るまで、あまりにもイメージが強烈でいつも嫌がっていたものだった。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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