2004-05-22
いい「お話」 NO 799
事務所にお越しくださるお寺様も多い。
お寺で行われる定期的な行事の看板制作や資料プリントのお手伝いが大半だが、パソコンに過去のデーターが残っているところから、ティータイムの間に完成する。
最新型のカラーコピーや大型プリンターとは便利で優れもの。時間と労力をどれだけ削減してくれるだろうかと感謝している。
しかし、印刷物の「完成度」が何より重要。その創作者の「感性度」が問われてくる。
そんなお寺様だが、多くの方々が「独り言」をご笑覧くださっているとのこと。
「パソコンが苦手でね」とおっしゃる方でも、その存在だけはご存知のようで「私の悪口はないだろうな?」との冗談も。
過日、私が出張中の際に来社された若いお寺様。弊社のスタッフ達が感動するお言葉を頂戴していた。
今冬に書いた「独り言」で、3万円程度のお葬式を受注し、僧籍を持す弊社の社員がお経を唱えたということがあったが、そのことに触れられ、次のようにおっしゃられたそうだ。
「あんな時があったら、遠慮なく私に電話をください。宗派さえ同じなら私が導師をつとめますから。お布施なんて心配いりませんから」
世の中、様々。「わしが導師をつとめたら、最低100万円だ」と言われたお寺様とも出会ったことがあるが、その時は「出会い」が「出遭い」のような感じを覚えた。
それに比べて、こんなお寺様がおられるなんて嬉しいではないか。弊社がお付き合いいただいているお寺様には、こんな方が多いのも大切で大きな宝物。「ご仏縁」という言葉を思い浮かべて合掌申し上げた。
葬儀の司会を担当し、初めてお会いするお寺様も多いが、そんな中に「読んでいますよ」とおっしゃった方も少なくない。
この「独り言」、とんでもないところで「独り歩き」を始めたみたい。それらは受信するメールで畏怖の胸中に陥ることになるが、生きた証しの道楽と考えているから救いがある。
「最近、写真が掲載されませんね?」というご意見が多い。そんなところから、デジカメを持たなければとも思い始めた。
乱文の進化は絶対無理だが、その和らげに「写真」がいいかな? しばらく勉強してみよう。