2016-04-07

花 嵐  NO 4817

讃岐丸 錨今日「水曜日」はメールマガジン「まぐまぐブログ」の送信日。テーマは物議になっているアマゾンの「お寺さん派遣」に関して「お布施」について持論を書いておいた。

朝から雨、全国的に大荒れの天気のようで、阿蘇山では朝の8時前に風速40メートル近い台風並みの強風が吹いたニュースもあった。

関西空港橋や瀬戸大橋線は規定の風速を超えると通行止めになるが、過日の四国行きがこんな天候だったら最悪だっただろうと想像している。

旅行に出掛けていた友人が関西空港から代行運転されたバスでりんくうタウンまで帰ったと言っていたが、バスに乗車中の強風が怖かったと語っていた。

大阪市内も夕方から猛烈な暴風雨状態になったが、新大阪駅の高架下の道路で冠水したトラックのニュース映像にも驚いた。

明日4月8日はお釈迦様の誕生日である。私の2人目の孫がアメリカで誕生したのも同じ日で、予定日を聞きながら「この日に生まれたら良いな」と願っていたらその通りなって喜んだが、時差については考えないことにしている。

昨日、モノレールを利用して大阪大学付属病院へ行ったが、千里中央駅から乗車すると万博記念公園駅で「彩都西」行きに乗り換えなければならない。ここで万国博覧会が開催されたのは1970年の3月から半年間で、その象徴として残っているのが「太陽の塔」だが、その年の4月8日に我が大阪市内で大変な事故が発生したことを記憶している。

地下鉄谷町線の工事をしていた天六周辺で大規模なガス爆発が発生、多くの犠牲者を出した出来事で、テレビのニュースでその映像を目にした時は信じられなかった。

この天六の近くには大阪市立北斎場がある。通称「長柄斎場」と呼ばれているが、すぐ近くに関西大学の天六学舎があり、体育館で何方かの慰霊式を担当したことも懐かしい思い出となっている。

朝から喫茶店に行ったらバドミントン選手のカジノ問題が話題となっていた。2人のヘアースタイルが茶髪だったことも高齢者の俎上になっていたが、「自己主張」や「自由だ」という両意見が飛び交っていた。

そんな中で先生と呼ばれる常連さんの一言が印象に残った。「野村監督が言っていたよ。髪の乱れは心の乱れと。損することはあっても得することはないよ」というものだった。

そんなやりとりもサッカー選手の場合には未だにここで問題視されたことはない。サッカーと「茶髪」「金髪」が市民権を得ているのかもしれない。

今日の常連談議で皆が憤慨していたのが年金応用で4兆円以上の損害が出たというニュース。「責任者は誰だ!」という声もあったことを書いておこう。

今日の写真は高松駅のすぐ近くにあるサンポート高松の一角にあるかつての「宇高連絡船」の讃岐丸の錨のモニュメントを。瀬戸大橋線が開業した1988年4月10日まで航行していたが、多くの犠牲者が出た「紫雲丸」沈没事故も歴史に刻まれており、その事故が瀬戸大橋建設のきっかけになったとも言われている。

私がかつて所属していたライオンズクラブのメンバーに、この「紫雲丸」に乗船していて助かったという人物がおり、体験談を拝聴したこともあるが、泳げない子供達の犠牲も多かったところから小中学校にプールを設けて水泳教育が始まったとも伝わっている。
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