2013-01-14
忘れられない体験 NO 3159
私は高所恐怖症である。そんなところから飛行機嫌いでもあるが、仕方なくホテルの50階や48階に宿泊したこともあり、その時は落ち着いて就寝することが出来なかった苦い思い出もある。
東京の池袋にある高層ホテルに宿泊した際、40数階だったと記憶しているが、その日は台風並の強風が吹いており、バスルームの湯船でその度に揺れ動く湯面の様子に凍りついた体験も忘れられないことだ。
特に敬遠したいのが、窓側のガラスが床までワイドに設計されているところ。地震が起きてベッドと共に流れ動いたらどうなるなんて恐怖感に襲われるのだから大変である。
過去に宿泊している時に地震に遭遇して驚いたことがある。東京の錦糸町にあるマリオットホテルに宿泊中、震度4の地震を体験し、テレビのニュースを観ながら座っていたベッドで30センチほど飛び上がり、しばらくすると激しい横揺れに襲われ恐怖に震えたものだ。
箱根の旅館に宿泊していた深夜、和風の2階だったのに、就寝中に気付いて目が醒めた体験も忘れられないもので、それも震度4ぐらいだった。次の日に走った道路に崖からと考えられる多くの落下物があったのも驚きだった。
一ヶ月ほど前の号で書いた山陽道の広島付近で体験した「芸予地震」もびっくりしたが、九州自動車道の熊本インターから本線へのアプローチ部分で体験した震 度4も衝撃だったし、本線に入って間もなくの地点で電光板の「地震発生、50キロ規制」の表示に余震の発生を想定し、すぐに速度を落とした行動も憶えてい る。
もうすぐ阪神淡路大震災が発生した日を迎えるが、午前5時46分に発生した大地震は半端じゃなく、その日に軽い睡眠導入剤を服用して就寝していたのに瞬時に目覚め、ギシギシと聞こえる我が家が倒れて巻き込まれると思ったほどだった。
当時、1階の和室で休んでいたが、和風の蛍光灯が揺れに揺れて天井にぶつかっているのだから恐ろしく、布団の上にいても何も行動出来なかったのだから凄かった。
生 まれてから初めて体験した震度6だったが、被害が心配になって2階に上がったら、居間にある音響システムのスピーカーの位置が大きく移動しており、キッチ ンルームの水屋の中の食器がガラス扉にもたれ掛かっている状態に驚き、それを元に戻すのに大変だったことを憶えている。
これまでに何度か書いたが、当日にご仏縁を頂戴していた「お葬式」の現場が大変だった。出勤出来ないスタッフが何人もあり、祭壇のお供え物が落下していたこともあったが、導師を務められるお寺様が来られなかったらどうするかを何より心配していたことを思い出す。
午前中に行われたご葬儀、お通夜に60名以上のご親戚が参列されていたのに、半数以上の方が参列出来なかったし、午後のご出棺で大正区の小林斎場に向かっ た葬列の車列は、阿倍野近鉄百貨店から西は停電による影響から信号が消えており、大変な時間を要して到着することになった。
地震とは本当に恐ろしいもの。関東に在住する孫達が一昨年の東日本大震災で避難を余儀なくされた出来事もあったが、大地震や富士山の噴火が起きないようにと手を合わす。
今日の新聞で北京の大気汚染の酷さが報じられていた。北京に行ったという知人の話も耳にしたが、それは想像を絶するレベルのようだ。新聞の社説を書き換えた問題が表面化して抗議するデモを封じる体制もあるようだが、一党独裁の国家の現実を垣間見た思いがした。