2012-12-29

白無垢  NO 3143


 ノロウイルスの猛威が全国的に拡がっているようだ。変異したタイプのようで、免疫性の問題からセーブが出来ないようなので大変という医療の専門家の解説があった。

 そんな影響が及ぶのは社会にいっぱいあり、見舞いに行かなければならないのに外来者の訪問を禁止している病院も多く、院内感染に想像以上に神経質になっているようだ。

 朝から見舞いに行こうと病院に電話を入れたら「まだ禁止中です」とのこと。これだけはどうしようもないので焦燥感に襲われるが、自身が原因になることだけは避けるべきだと自己納得。一日も早い収束の訪れを待ち望んでいる。

  昨日、歌舞伎の世界で惜しまれた「勘三郎」さんの本葬儀が東京で行われていた。特徴的なこととして話題となったのは白装束姿の奥様のこと。奇異な感じを抱 かれた方もおられるかもしれないが、今でも白装束が夫を送る際の妻の喪服とされている地方も存在しているし、昔はそれが当たり前だった歴史もある。

「貴方に嫁いで来た時の姿で貴方を送ります」と白無垢姿ということになるのだが、その背景には貞節を誓うという純日本的な慣習もあるようだ。

 昔から残っている慣習に「夫の葬儀で妻は火葬場まで送ってはならない」なんておかしな問題があり、地方から参列されるご親戚の方からそんな意見が飛び出すことも少なくなかったが、最近ではそんな誰が決めたかも不明な慣習を持ち出す人も少なくなったようだ。

 昔、さあご出棺というところで揉め事が発生した。ハイヤーに乗ろうとされる女性を頑なに止める高齢の男性がおり、会葬者達の視線を集めている。

  彼女は故人の奥さんで喪主を務められ、まだお若いのでご位牌を手にされているお姿が涙を誘う。ここで誤解を招いたらいけないので触れておくが、東京や地方 では喪主さんが霊柩車の助手席に乗車されるのが一般的だが、大阪市内ではハイヤーにお寺様と同乗されるのが普通である。

 揉め事が続いている。どんどんエスカレートしているみたいで「再婚」なんて言葉まで耳に入ってきたので割って入ることにした。

「ご 霊柩車の後方で何をお話されているのですか?」と、敢えて「トラブル」や「揉め事」という言葉を出さない配慮で仲裁に入ったら、高齢の男性は「葬儀屋さん ならプロだから分かるだろうが、妻が火葬場に送るのは再婚の意思があるからだということになるのはご存知ですね?」と発言され、周囲の全員が私の言葉を待 ち望む雰囲気が感じられた。

「貴方様は日本の葬送の慣習についてお詳しいようですね。確かにそんな風習がありましたが。それは過去の文化になりつつります。最近では『送りたい』ご心情を尊重するようになり、最期を見届けるお気持ちを優先されるようになっています。

 その男性は地方から参列されているようで、同じ地元のから来られているご親戚の方々もおられるようで、それでは納得されない様子だった。

「ご霊柩車の中におられるご主人のことをお考えいただけませんか。奥様が送りたいと仰っていることを喜ばれるかよろこばれないか」

「再婚する意思があるなら夫は喜ばないだろう」

 そんなやりとりに発展し、中々収まらない状況である。そこで次のように言葉を発した。

「お 心残りの問題を重視されませんか。奥様は『送れなかった』ことをこれからずっと後悔されるでしょうし、『送った』ことに対する誹謗中傷はご覚悟されておら れる筈です。ここで生じる後悔は誰も解決出来ない問題なのです。再婚なんて言葉が出て来るようになったのは男性側の勝手な立場から付け足せた問題であり、 こんなご出棺の場面で耳にする言葉ではありません」

 立場として本音を言えばご出棺の時間が遅れている問題もあるが、誰が言い出したことか不明な迷信や慣習に振り回されることは情けないことで、何より「送りたい」と言われる奥様の思いを優先させて上げたいという行動でもあった。

  時間の遅れだけを解決するのなら「奥様は送るべきではありません」と言えば済むが、それでは奥様の後悔と共に私自身にも後悔が残る。自身が霊柩車の中の立 場で考えてみればどうなるのだろう。妻に送って貰って最期を見届けて欲しいと考えてしまう。そんな複雑な思いが錯綜するひとときだったが、そんな時、会葬 者の中から思わぬ応援団が現われた。

「奥さんの思う通りにしてやるべきだよ」「そうだ。私もそう思うよ」

 そんな声が 次々に聞こえ、やがて奥様がご位牌を手にされてご出棺することになったが、その奥様はそれから再婚されることなくご生涯を過ごされ、数年前にご逝去。私が ご葬儀を担当させていただいたが、息子さんや娘さん達からその出来事に対する私への感謝の言葉を頂戴したので忘れられない思い出となっている。
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