2011-09-30
思い出から NO 2709"
妻と散歩を兼ねて所用に出掛けた。本社の前を通ると葬儀の始まる時間の前。作務衣姿では入り辛く、そのまま通過して目的地に向かったらすぐに雨が降り出したが、空模様の怪しさから用意していた傘が役に立った。
途中で銀行に立ち寄ったら、中で女性から声を掛けられたのでびっくり。彼女は数日前に行われた私の幼馴染みの姉さんの葬儀で会った人。そこで帰路に幼馴染みが経営する喫茶店に立ち寄ることにした。
入店すると同時に丁寧な御礼の言葉を頂戴し、「よいお葬式だった」としみじみと姉さんの思い出話を語ってくれた。
話題が灰田勝彦さんとのツーショットの写真に及ぶと、「石原裕次郎さんとの写真もあったのよ」と聞いてびっくり。著名な芸能人との交流が深かったことを初めて知った。
彼女とは同い年。マンゴージュースとトーストを頼んだが、妻のコーヒー代も含めてお金を取ってくれずに甘えてきた。
互いの健康について話し合ってから店を後にしたが、満中陰までの法要に追われることが、悲しみから少し離れられるのではと考えながら歩いてきた。
さて、数日前にしたためた「金子みすず」さんの詩だが、私が最初に心の扉を開けることになったのは次の作品だった。
『散っ たお花の魂は み仏様の花園に ひとつ残らず生まれるの。 だってお花はやさしくて お天道様が呼ぶ時に ぱっと開いて微笑んで 蝶々に甘い蜜をやり 人 にゃ匂いをみなくれて 風がおいでと呼ぶ時に やはり素直についてゆき 亡がらさえもままごとの 御飯になってくれるから』
原作の一部をイメージが伝わるようにと勝手に考え、失礼ながら平仮名から漢字に変換していますが、こんな感性を持つ女性がおられたことに驚嘆したことを思い出す。
この詩にもあるが、五七調の表現は我々日本人の心に響き伝わる特徴が秘められ、それらは演歌の世界にも多用されているのは周知の事実。葬儀の司会にあるナレーションでも
歓迎されているようで、研修に来社した多くの司会者達の原稿にも多く活用されていた。
今、両陛下が国体開会式のために山口県にご滞在とのニュースがあったが、山口県仙崎にある「金子みすず」さんの記念館に、もう一度行きたいと思う気持ちが募る今日だった。
前回に行った際、宿泊したのは湯田温泉の「松田屋」さんだったが、坂本竜馬をはじめとする幕末の志士が何度も集って入ったという「維新の湯」に入ってきた。
過 去に利用したホテルや旅館が廃業されたりリニューアルされるのは寂しいこと。「松田屋」さんは隆盛が続いているようだが、今冬に行った湯村温泉の大きなホ テルも営業休止されたし、南国行きで何度か行ったことのある水俣の「湯の児温泉」にも立ち寄りたかったが、最も大きな旅館だった「三笠屋」さんも営業を休 止され、別の経営者によって大工事が進められていることを知った。
水俣の「湯の児温泉」には思い出がある。子供が小さかった頃、何度か 「松下楼」という旅館に宿泊した。そこが何故気に入ったかというと、子供用の浴衣が用意されていたからだ。もう30年以上も前の時代のサービスとしては画 期的。それも木造の二階建ての小さな旅館だったが、今は廃業されたみたいでネットの検索でも見つからなかった。
ネットのCMで驚いたのは、別府で有名なホテル「杉の井」さんである。あちこちに7800円という宣伝が登場し、昔の誇りが消えてしまっているのは残念。何度か利用した当時には想像もしなかったこと。栄枯盛衰に諸行無常という言葉が妙に身に染む響きとなった。