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2005-01-17

「生」を学んだ日  NO 1039


 昨日、追悼式典が行われる公館についた時、祭壇中央に木箱がセッティングされてあり、中には6433名の犠牲者の芳名が納められているとのこと。すぐにスタッフと共に手を合わせたが、今日は午前4時50分に起床、タクシー2台に分乗してモニュメントの会場に。

 外は猛烈な雨、ホテルで借りた傘を差しながら寒くて震えがくるが、5時46分に合わせて公詢社の皆さんと黙祷を捧げ、そこから昨日に式典が行われた別会場に集い、吉田社長と私の挨拶の後、スタッフが準備くださったおにぎりと味噌汁を頂戴した。

 ホテルに戻りチェックアウト、それぞれ担当の会場へ行くことに。弊社のスタッフ達は、差し向けられたハイヤーで大学の式典会場に。今回、大学側が描かれたシナリオをチェックして<これでは!>との危険性を抱き、私もプロデュースという立場で同行することに。

 この大学、弊社の弊社女性社員の母校。彼女は会社の事務所で仕事をしているが、そんなところからお手伝いをする気にも。

 始まったリハーサル、予想通り次々に問題が出てくる。このままでは理事長さんや学長さんに恥を掻かせることになる。そこで差し出がましいがポイントを順に指摘、徐々に信頼を得るように変化が生まれ、本番直前に何とか「かたち」が出来上がった。

 報道関係者の席も設けられてあり、犠牲となられた方のご家族が中国から来られていたが、交詢社と弊社のスタッフ達が「我々がタッチしていなかったら終わっていた」という会話、それは「式」と「集い」の異なりを指摘した言葉だと思っている。

 式次第が進む中、打ち合わせと異なる問題発生。それを解決出来るのは伴っていた女性スタッフ。目でコンタクトを取ったらすぐに気付いて壇上で処理。舞台会社の責任者から感謝の声を頂戴する。

 廊下に展示されたパネル、そこに初めて目にした悲惨な写真が多くあり、震災の恐ろしさを改めて学んだが、今回の2日間は本当に貴重な体験となった。

  公館で行われた式典についてはテレビで放映されていたので書かないが、ちょっと裏話を披露すると、橋本元総理が献花を終えられ自席に戻られる際、ちょっと 人の流れが悪くぶつかってしまったハプニングもあったし、交詢社の女性スタッフが天皇陛下とニアミス的なハプニングも。

 まあ、疲れましたが、大阪への帰路、東の空に「虹」が見える。車内で「わあ、久し振りに見たわ」なんて言葉があった後、ホテルの部屋に財布を忘れてきたことに気付いた彼女のため、早朝にチェックアウトしたホテルへ立ち寄ることに。

 ホテルの玄関に車を停めて待っていると、フロントに行った彼女が協会のメンバー達を伴って戻ってきたので驚いた。

 新神戸駅前のホテル、吉田社長も合流し、みんなでお茶を飲みながら反省会に進展した。

 明日は私の講演だが、世の中とは不思議なもので皮肉な重なりがいっぱいある。明日にホテル葬「偲ぶ会」の打ち合わせが入っているし、来月の出張の日にホテル社葬が重なってしまっている。

 また、別の講演の日、高僧の本葬儀の司会を依頼されて困っている。この二つの講演、弊社のスタッフが時間を誤って発表してしまった事情がある。<重なったらどうするの?>と心配していたことが現実となった。

明日は時間調整が可能となったが、本葬儀の日は無理なよう。お寺様なのにどうして「ご仏縁」とならないの?と、不可思議な思いを抱きながら悩んでしまう。
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