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2005-04-04

葬儀社の道?  NO 1116


 カラオケ大会で歌われた方からお電話を頂戴し、この「独り言」をご笑覧いただいたそうで「私の写真も記念に掲載して」とご要望が。そんなところから、ちょっとワン・シーンを。

 さて、号外にあった北海道での「偲ぶ会」だが、社長からのメールの中の一文に「それだ!」とエールを贈りたくなった。

 『ご家族にとって、この一周忌法要が一生の思い出となって、思い出す度に力が湧いてくる・・そんな式になったのでは。そう感じています』

「会」ではなく「式」とあるのが協会メンバーらしい表記。彼は、宗教者として僧籍を持しているが、30歳過ぎの若さでこれだけの意義深い「偲ぶ会」をプロデュースされたことに賛辞を贈る。

 彼と出会って学んだことが多くあった。講演の講師を担当しても説得力があるし、言葉から滲み出る「やさしさ」は彼独特の哲学と信念からだと確信しており、弊社スタッフ全員が彼のファンでもある。

 私は、全国的な講演活動という歴史から各地の葬祭業者さん達との交流があり、メールや手紙を頂戴することが多いが、真面目で心ある業者さんが悪質な葬祭業者の出現や、まるでベルトコンベアみたいな葬儀を提供している互助会の実態を嘆くことが増えてきている。

  上述の苫小牧でも互助会組織が出現し、ビジネス第一主義で囲い込み戦略を展開しているが、苫小牧市民斎場の経営理念は葬儀の原点に重きを置き、「どうでも いい人は互助会さんへ」「大切な人を大切に送りたい人はどうぞ」という認識に至り、お客様の選択がはっきりとしてきているのも世情の現実というのが私の分 析だ。

 弊社に事前相談に来社される方々だが、皆さんに共通していることがある。それは、全員が葬儀の大切なことをご理解され、大切な方を大切に送りたいということである。

 祭壇を飾ってお寺さんのお経がある。そして皆さんが悲しんで送ってしまう。それだけの葬儀は売り上げを追い掛ける「祭壇屋的」葬儀社に依頼されればいいだろうし、大切に送りたいと考えるならば真剣に考慮されるべきというのが弊社の姿勢。

 葬儀社の仕事で忘れてならないのは「何か『救い』がプレゼント出来たか」ということ。現実的な表現で恐縮だが、ご遺体が儀式の時間を過ぎて「お骨」になっただけでは「寂し過ぎる」というのが大いなる疑問の発端。

 葬儀のプロを自負している自身の葬儀を真剣に考えてみたら、そんな答えに行き着き、そこで結論に至ったのが「命の伝達式」だが、それらは弊社のオリジナルブランド「慈曲葬」を通じて全国に広まりつつあるところ。

「愛と癒しの葬儀」を提唱する日本トータライフ協会、そこに加盟したメンバー達も実践しているが、みんな自身の葬儀を考えてから共有した結論テーマなのである。

 社員の一人がそんな思いを抱いても具現化は不可能なこと。経営者がそんな思いを熱く訴えて社員を教育する。メンバー各社は、そんな心情で結ばれており、悲しみを理解しようとする心のやさしい社員が育ってきているのが嬉しい限りだ。

  毎日訪問する「MAMADIARY」の「ひとりごと」だが、拝見しながら「まだ、こんな葬儀社が!」と思ってしまうことがいっぱいある。やさしい心でマイ クを手にされる彼女、そのご心情を拝察すると同業として気の毒でならない。お葬式って「?」が山ほどあることにお気付きですか? それが最も悲しい現実で あるかもしれないこの頃だ。

 上記<HOME>から「MAMADIARY」を接続させていただきます。
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