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2005-11-09

音楽と演出にあって  NO 1327


 最近のテレビドラマを観ていると「?」を感じることが多い。余りにもBGMが大き過ぎることが多く、セリフと重なってしまい聞き辛くなっているからだ。

 音楽を活用しながら司会を担当する私の仕事、そこでそのバランスの重要性に神経を遣うのは当たり前だが、片手にマイクを持ち、もう一方の指先がボリュームから離れていない光景を見られた参列者が驚かれていたこともあった。

 同じ音楽を使っても、微妙なレベル調整だけで会場空間が確実に変化する。それに合わせて言葉の抑揚を変化させるのも当然だが、私の場合、この部分をミキサーに任せたくない思いを実行しながら今日までやってきた。

 だからホテルや文化ホールなどでも、司会台の横に音響機材の調整システムをセッティングしてもらっている訳だが、それらはハプニングへの対応、そして会場の雰囲気の変化に瞬時に対応し、使用音楽を変更させることが可能という好都合な環境が何より有り難いのである。

 深夜にW〇W〇Wで好きな洋画を観ることがあるが、終わってからキャスティングと共に流れてくる音楽の場面が好みの時間。サウンドトラックの集大成を耳にしながら勝手な想像を膨らませるのは至福のひととき。

 そんな永年の体験から、どこからこんな音楽を?という演出の「引っ張り出し」に大いに役立ってきた歴史がある。

  妻がよく観ている韓国ドラマ「チャングムの誓い」だが、この中で感心するのは音楽の見事な「単純」活用である。確か音楽担当は女性だったと記憶している が、しっかりとしたシナリオ構成された監督との綿密なすり合わせが功を奏したようで、秀逸の音楽構成となっており、音楽が「出過ぎる」日本のドラマ関係者 が勉強するべきだと思ってしまう。

 葬儀専用演出音楽として私が監修したオリジナルCD「慈曲」の存在があるが、その中で作曲した「逝かれし人へ」という曲はひたすら悲しい旋律で、お柩が式場から霊柩車
に安置され、そこからご出棺されるイメージを書いたものだが、今ならこの旋律が間違いなく変わっていると確信している。

 旋律が生まれたのは孫が誕生する前のこと。孫の誕生によって私の葬送観に大きな変化が生まれ、「命の伝達式」という発想が生まれたように、葬儀が行われている会場空間の「神変」に関する音楽活用への考え方にも変化が生じた。

 慈曲の残る9曲は高橋三鈴さんの作曲だが、どれも葬儀の歴史に残る名曲であることは間違いなく、今もこれからも使用を続けていくが、当時に彼女が「遺族を励ます曲」として書かれた1曲の付加価値に対して特に賛辞を贈りたい。

 曲名は「時空を越えて」だが、マスターテープの段階で自宅のヘッドホンで百回以上聴いた頃が懐かしい。

 慈曲を使用されることが全国的に増えたが、プロデュースパワーと司会の技術が高くなければ活かされない高度な音楽、それは、彼女の天性と感性が「かたち」となったからだと考えている。
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