2020-06-04

奉公転換  NO 8808

小説朝から右の目がまた充血、念のためにと夕方に近所の眼科へ行った。瞳孔が開く点眼液を指されたので眩しくて仕方がないが、6割は見えない状態でこの稿を打込んでいる。

13年前のことだった。この眼科のスタッフに所作の素敵な女性がいた。3週間ほど経った頃、私の友人がやっていた喫茶レストランの常連巨悪の中に、彼女のお父さんがいることを知った。

偶々店内で会った際に彼女のことを話したら「私が教育した素晴らしい女の子になっている」と言われたが、それから半月後に彼女は弊社のスタッフとして入社し、彼女らしいオーラを発しながら勤務をしていた。

その頃にミス・ホスピタリティーというニックネームで呼ばれる素晴らしい女声スタッフがいた。私と交流のある全国各地の同業者へ行かせて様々な特殊技術を習得させ、北海道での研修会や九州での大規模な合同葬でも活躍してくれた。

その頃のある日、邪託の和室に俯せになって新聞を読んでいると、腹部に妙な拍動感を覚え、すぐに医院へ行って「お腹に心臓が?」と伝えると「何をおかしなことを」と先生が念のためにと画像診断ルームでエコー検査をしてくれたら「本当にあるわ!」と腹部動脈瘤の存在が判明した。

直径は4,5センチほどだったが、紹介状を貰って赤十字病院で診察を受けたら、担当医が次のように言われた。

「見事な動脈瘤です。6センチなら手術を勧めますが、10センチで破裂しないでいきている人もいます。あなたの全てのデーターはこの病院のコンピューターの中に記録されていますから、もしも腹部に激痛を感じられたら破裂ですから救急車で来て下さい。破裂から20分以内なら手術で助かりますが、内部が出血状態にあるので様々な危険な後遺症もあります。大阪市内から出ないように生活して下さい。前を歩いている人の腕の肘に要注意です。机の角にも気をつけて下さい。野球でもされてボールが腹部に当ったら最悪ですからしないように」

そんな恐ろしいことを言われて日々の生活が一変した。他府県での講演活動にも行けないし、温泉旅行も不可能となる。ネット検索で自分の病気のことを繙いたら精神的に参ってしまう。

仕事も無理をしないようにしていたが、そんなある日にとんでもない方がご逝去。これを機に彼女の度量アップがと彼女に担当させたら、葬儀委員長を務められた方から「素晴らしい。ファンになった。今後は彼女を」なんて言われて奥様から「形見分け」までいただいた。

彼女は看護師として勤務していた時代があり、それで培われた体験も貴重で、地域での存在感も特筆していた。

そんな彼女に腹部動脈瘤のことを話し、「手術を受けるべきかな?」と相談したら手術を避ける方が良いとアドバイスをくれた。

それは手術を受けた私が1年後に脳梗塞を患ったことにも通じることで、赤十字病院で手術の前日に病室で執刀医の説明を受けた際、腹部の模型で動脈の血流を止めて人工血管を繋ぐことを知ったのだが、新しく血液が流れ始めたら血管内部に付着していたゴミが流れ出し、心臓布巾の血管に及べば心筋梗塞の危険性が高まるし、頭部の血管が詰まれば脳梗塞になると教えられて初めて術後の危険性を学んだ。

手術は約7時間だったと記憶するが、術後を過ごす手中治療室での24時間が最悪で、16人の患者が存在して何処かで点滴が終わる警告音が鳴るので喧しく、眠ることも出来なかった。

この集中治療室での体験は不思議なこともあった。端とする看護師さん2人の1人が私が指導した司会者で、もう一人は弊社で2年間研修をしていた九州の葬儀社の娘さんだったからだ。

それらは集中治療室症候群に観られる幻覚や幻聴もあるようだったが、今でも不思議なことがと思っている。

その幻覚には続きがあった。病室へ戻った際、天井と壁に金色の鳳凰の柄が描かれてあったからで、「ここは極楽か?」と妻に言ったら「何をおかしなことを」と一笑された。

ちょっと昔のことを書いたが、この稿は上梓されている小説の序章部分に加筆されるもので、ゴーストライターが和菓子店に書き換えてくれたが、やはり葬儀社の実録物の方がと変更することにしたものである。

今日の写真はネットオークションにあった私の著書を。
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