2004-04-17

なぜ、葬儀を?   NO 766

お通夜から帰り、この原稿を発信していた時、近くの道路を走る救急車のサイレンが聞こえた。

 それが私の知人の訃報につながっていたことを知ったのは、深夜の2時を回った頃。急なお身体の不調という悲劇で葬儀のご依頼があったから。

 温厚なお人柄で人望が厚く、ご親戚の葬儀を担当した時のことが思い出されてくる。

 朝から特別に対応するよう担当者に命じ、ご遺体が自宅に戻られたら花を届けるよう頼み、今日の葬儀に出掛けて行った。

 式場に着くと、女性スタッフが焼香順位帳を持って待ち構えている。朝から創作して持参したナレーション原稿と引き換え、互いがチェックを始める。

 手にした焼香順位帳、枠外に数枚の付箋がはみ出ている。これらは「付け落ち」で追加が書き込まれた証しであり、ご親戚の人数が多いことを物語っている。

 ページを開いてびっくりした。数えるとご親戚のご芳名が82名もある。瞬時に焼香用具の台数変更を命じ時間調整をする。

 82人は、今年になってからの新記録。少子高齢社会に核家族の時代では珍しいご人数。しかし、私の歴史には信じられないご人数もあった。

 20数年前、故人のご兄弟が14人、それぞれがご長命でお孫さんまで含めた焼香順位は264名。一冊100名の順位帳を3冊重ねられていたのが衝撃的で、今後も絶対に超えることのない記録だろう。

 最近、通夜や葬儀に参列される方々の人数が激減してきている。10年前なら200人はと予想されるケースで100人足らず。これは全国的な傾向のようで、通夜と葬儀のバランスも逆転し、弔問より会葬が少なくなってしまっている。

 これまでに何度も書いたが「野辺送り」という日本人の風情が希薄してしまったよう。ご出棺を見送るための葬送参列から「焼香」という作業への心の変化の現れ。それらは、今後の葬儀の「ありかた」を根本的に考え直さなければならない問題を秘めている。

 弊社が加盟する日本トータライフ協会では、そんなことについて真剣な研鑽も重ねており、掲示板での議論も交わされている。

 先月、ある女性団体の講演に招かれたが、そこでの質疑応答に恐ろしい問題提起があった。

 「お葬式って、何か『化石』のような気がしてならないのです。もっと私達素人が納得できる葬儀って出来ないのですか?」

 そこから出てきた様々な意見、それは、我々葬儀社や宗教者にとっては頭の痛いことが多く、中には的確に「矛盾」を追求された意見もあった。

 その締めくくりに主催者が発言されたのが次の言葉。「葬儀って、いったい誰のためのものなのでしょうか?」

 その答えについては、当協会のHPをご笑覧いただけますよう?
久世栄三郎の独り言(携帯版)
携帯で下のQRコードをスキャンするか
 または
携帯に下のURLを直接入力します。
URL http://m.hitorigoto.net