2002-07-02

社会の側面を垣間見て   NO 123

少子高齢社会の到来は、予想外の世界にまで変化を及ぼし、永年の歴史で形成されてきた産業や文化までも変革させてしまうパワーがあるが、そんな裏側で思わぬ悲劇、喜劇を生んでしまっていることも知っておきたい。

 ある葬儀を担当した。故人は、多くの子供達を見事に育て上げられたお母様。約6ヶ月の入院闘病生活で、最も気掛かりとなっていたことは伴侶の存在。2年ほど前から俗に言われるアルツハイマー病の兆候があられたからだ。

 幸いにもご自宅近くにご長男、ご三女のお家があり、この2家族を中心に見事な介護作戦が実行されていた。

 通夜を迎えられた時、夫であるご本人の姿を見ることはなかったが、葬儀の当日、数人のお孫さん達がワゴン車で到着、やがて降ろされた車椅子にはお爺ちゃんの姿があった。

 それぞれが素晴らしいファミリーであった。こんなあたたかいチームワークがあるのだろうか。我々スタッフ全員が感心する配慮と、自然な「人間愛」の光景は、まさに表彰に値する感動の世界。

そこから始まった葬儀の時間。それは、故人となられたお母様に対して、「お父さんのことは安心してね」という思いが切々と伝わるひとときでもあった。

  ご出棺の前、お柩の蓋が開けられ、いよいよ最期のお別れという場面。「お父さん、お母さんよ。さようならをしましょうね。また天国で逢いましょうね」と、 幼児に語り掛けるようなやさしい言葉遣いでお花を手向け、皆さんがいっぱいの涙を流されたが、ご本人は伴侶の死がお解りになられることはなく、覚悟されて いたように、解決の出来ない哀痛の情景となってしまった。

 老人医療や介護の問題が論議されているが、えにしに結ばれた伴侶のこんな別れの儀式は本当に悲劇であるが、病という訪問者は、何時、誰をターゲットにして来るか解らず、大きな恐怖ともなっている。

 さて、その葬儀が終わった夕刻、あるホテルに仕事に行った。打ち合わせをした場所はブライダル担当スタッフ達の部屋。そこで、面白い体験をすることになった。

 打ち合わせ中に「電話です」と呼び出された責任者が、「参った」というような顔付きで戻って来た。どうやらクレームのようだと思っていたら、そうではなく、とんだ災難というような役回りを教えてくれた。

電話の相手は、そのホテルで過日に行なわれていた結婚式の出席者で、新婦の親戚の叔父さんであった。確認されてきたことは、当日の料理と引き出物の予算。

当然、プライベートに関することで、ご鄭重にお断りをされたそうだが、その叔父さんの怒りの対象は、新郎新婦と両親。自分が包んだ祝い金が高額で、料理と引き出物がお粗末だったことから、一言文句を言いたいので教えてくれということだった。

 その料金は、私の知る限りのホテル関係では限界というような低料金。新郎新婦は、打ち合わせ時、「もっと安いのがいいの。文句言う人は言うの。一切無視」と、割り切っていたそうである。

そんな披露宴を受けることがそもそも誤り。新郎新婦への諭しも重要なサービス。出席者が抱く勝手なイメージ、これほど怖いものはない。常識外れのお客様は他のホテルへどうぞと、鄭重にお断り。「おっしゃる通りに」というシステムになってしまっているホテルの欠陥。

ホテルが大切にするのは、「ステータス」と「ホスピタリティ」。お客様に頭を下げるのは当然だが、売り上げに頭を下げた時、崩壊が始まっていることだけは確かである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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