2002-06-10

たった、ひとり   中 編   NO 101

ご逝去されたのは、ご自宅。彼女は、病状の悪化から、10日ほど前に看病のため会社を休職。それまでは、このおばさんが毎日、定期的に訪問看護をされていたことも知る。

  おばさんの力添えで掛かりつけの医院から、この日を迎えるまでの約3ヶ月間往診が行なわれ、1時間前の臨終を看取ったのは医師と3人だけ。そのことから死 亡診断書発行に関し、検死という最悪の事態が避けられたのは救いだったが、50歳にも満たない母と呼ばれる女性の死が、無性に悲しかった。

最期の言葉は、医師とおばさんへの「有り難う」。そして彼女には「あなたは強い子。しっかり生きるのよ。ごめんね。・・結婚・・・」だったそうだ。

 彼女の両親は、どちらも一人っ子。両家の祖父、祖母も早くにご逝去。彼女は血縁という世界では、天涯孤独という悲劇の主人公になっていた。

私の涙腺は切れていた。5分間ぐらい言葉は交わされず、3人の嗚咽だけの時間。
私は、喪主のような心情になりつつあった。
 考えて欲しい。悲嘆の救いに重要な血縁者が、1人も存在しないという淋しい現実を。

「葬儀屋さんも泣いてくれているでしょ。**ちゃん、こんないい供養はないのよ」 
お母様に合掌しながら、おばさんにそう言われた時、私は、完全に喪主となって完成していた。
 
そんな私の顔つきが変化したことを察したのだろう。おばさんが、「さあ、お葬式よ」と行動的な発言をされ、明け方までに葬儀の形式の基本を決めて欲しいと提案され、まずは、娘さんのお考えを伺うことにした。

 「私は、葬儀のことは何も解りません。ですからおばさんに・・・ しかし、お金が必要なことは解ります。でも、私の貯金は、37万円しかありません」

 その当時、大阪の一般ご家庭の葬儀では、通夜、葬儀の飲食接待費、諸費用、葬儀社、御布施関係など、総合的な葬儀費用は最低でも100万円前後を要し、ご親戚への飲食接待費が丸々割愛されるとしても、とても賄える金額ではなかった。

 <これは、難しい問題だ>と思っている時、おばさんが意外なことを話し始めた。

 「**ちゃん。お金の心配はいらないのよ。私、お母さんから貯金通帳を預かっているの。これは、あなたが花嫁になる日のためのお金。お母さんのあなたへの愛の結晶ね。あなたがお嫁さんになる時が来たら、私がお母さん代わりをする約束までしていたの」

 おばさんのポケットから郵便局の通帳と印鑑が取り出され、彼女に手渡された。
通帳の名義が自分になっていることを見た彼女は、お母さんの方に座り直して絶句した。

 こんな場合、誰もが通帳の金額確認をされるようだが、彼女は表紙の名義確認だけしかしなかった。 

 金額は、お母さんの大きな愛情を知らせようとする、おばさんの善意の言葉で知るところとなった。211万円、大金であった。
 
 「**ちゃん。だからお葬式は、心配なく立派に出すことが出来るのよ。でもね、誰にも知らせずに、この葬儀屋さんに来てもらったのは、おばさんとしての考えがあるの。お母さんの気持ちが痛いほど解るの」

 
真夜中に行なわれる3人だけの秘密会議。いよいよ葬儀の「かたち」に進みますが、明日に続きます。
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