最古
2024-07-06

歩けない  NО 10081

行くべきではなかったが、無理をしてリハビリに行って来た。先生から電話があり「どうですか?」と言われて行ったのだが、疎開道路ではなく自宅前まで迎えに来てくれたからだった。

送迎者が次に立ち寄った関JYさんの家の前に医院があり、妻が通院していたことから私も「造影剤のCT」をお願いした際に行ったこともあり、「先生は御元気です方?」と尋ねたら、もう亡くなられましたよと聞いてびっくりした。

妻が更年期の症状で苦しんでいたことを知ったのは、「診察券」がいっぱい出て来たことからで、医院、クリニック、病院など様々だった。最初に兆候が表れたのは「躁鬱」という問題で、3か月周期で大変だったことを憶えている。

過日に受信した共和病院も妻の通院していた病院だった。台風21号が襲来して大きな被害を受けて間もなくの頃、北海道旅行の予定を入れていたのだが、出発の早朝に、フローリングの上にごみ袋を置いてい滑って転倒してしまい、尾てい骨を強打して、目から花火が出た用の衝撃を受け、腰に激痛を感じて2時間ほど横になり「行けないからキャンセルを」と伝えたら、「あなたが行けなければ行程が分からないから迷惑が掛かるからダメと言われて鎮痛剤を服用して伊丹空港から秋田空港に飛び、バスで秋田駅に移動して五能線の「クマゲラに乗車して日本海を青森まで5時間半乗車し、青森のホテルの部屋に入った時は少しでも動くと激痛があり、大変苦しい就寝となった。

次の日に津軽海峡フェリーに乗船して函館へ向かったが、早朝便だったのでホテルでの朝食も取れず、線愛の自動販売機パンを購入して食べた。

函館の朝市の所で昼食を済ませてから、友人が館長を務める資料館に立ち寄り、函館駅から「特急スーパー北斗」で長万部まで行き、普通列車に乗り換えてニセコの「紅葉音(あかばね)」に行ったが、いよいよ腰痛が酷くなり、何とか鎮痛剤で抑えていた。

次の日はと、苫小牧や室蘭の友人達が旅館までやって来てくれ、車で観光コースに連れて行って貰ったが、登別温泉の旅館に到着した際には動けない状態で、そのまま部屋に入って横になった。

そんな状態から帰阪したのだが、妻が転倒して二日間連続で両手首を骨折し、共和病院へ通院していたので同行し、序にレントゲン撮影で判明したのは「圧迫骨折」で鎮痛剤を処方して貰うしか対処はなかった。

その診察室で今回の胸の強打と左足の不具合を診て頂いたが、過去の圧迫骨折の映像もパソコンに残っており、これも診ておきましょうと「CT」撮影で確認して貰った。

今日のリハビリで先生から「絶対に転倒しないように」と指導されたが、本当に歩行するのが大変で何処にも行けない状態だ。

昨日のニュースだったが、クラシックホテルとして知られる「奈良ホテル」で和食オンリーのランチとディナーのブッフェが始まったそうで、行きたくなったが、こんな体では絶対に無理で残念である。

奈良ホテルは東京駅や佐賀県の手家お温泉の楼門を設計した人物が担当したことでも有名で、アインシュタインが弾いたピアノも残っているし、オードリー・ヘプバーンなどの著名な人たちが利用している格式あるホテルである。

妻とオーストラリア旅行に行った際、日本航空とカンタス航空を利用してマイレージがいっぱい溜まり、北海度往復のチケットが入手できたのでトマムと富良野に行ったが、苫小牧や洞爺湖、函館と立ち寄ったことを思い出す。

トマムでは全室スイートのツインタワーを利用したが、夕食のブッフェを食べに行った際の中国人のスタッフが担当し、杖を手にする立場なのに50メートルも離れた席に案内されて最悪だったが、帰阪してから一週間も経たない内に経営権が中国企業に譲渡されたニュースにびっくりしたが、朔日のニュースでトマムの中国企業が別の企業に譲渡したと報じていた。

ネットニュースやユーチューブのニュース記事には大阪万博の大変な状況と都知事選のことが喧しいが、小池氏の「みどりのたぬきぶり」のパフォーマンスには衝撃を覚え、彼女の人相が随分と悪くなったように思えてならない。

都議会のはぐらかしの対応や、答弁拒否もびっくりだが、三井不動産や電通などのつながり問題も気に掛かる。
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