2018-05-17

少し緩和した神経痛  NO 8200

由布岳日田で過ごした日は国内で最も暑さが厳しい地点で驚いたが、日田駅から光岡駅に向かう代行バスが出発する3分前、不通になっている英彦山線の代行バスが出て行った。

英彦山という言葉から思い出したのが青春時代の友人で、20代でガンで亡くなってしまった彼の故郷がその沿線にあり、「日田の街に連れて行ってやる」と言われたことがあったからで、その言葉を思い出しながら豆田町の街並みを散策していた。

彼が恋心を抱いた可愛い女性があり、ラブレターの代筆を頼まれた歴史もあり、デューク・エイセスの「幼なじみ」の歌を思い出しながら当時が無性に懐かしくなり、先に出発したバスを見送っていた。

さて、鹿児島本線の荒尾駅だが、エレベーターがなくて急な階段だったので大変だったが、乗降客の少ない問題が背景にあるようで、今は特急列車も運転されておらず、新幹線が結ばれる前の博多と八代間を「リレーつばめ」が運転されていた時代が懐かしかった。

荒尾駅の駅舎構内に地元のボランティア組織が運営しているコーナーがあり、その事務局として友人の同業者の会社があった。

平山温泉の湯の「PH」は「9、7」でツルツルする感触が素晴らしく、壁に掲示された効能の内容を読むだけで体調がよくなるみたいで、これこそが「温泉」の価値観のような気がした。

いつもより早めに睡眠導入剤を服用して布団に入ったが、服用から1時間以内に寝ることが大切なのだが、うつらうつらし始めた頃に耳元でブーンと蚊が飛ぶ音にびっくり。もう気になって午前3時過ぎまで眠れなかった。

目の調子が悪く「飛蚊症」の症状もあるのに、この季節に蚊に悩まされるとは予想外だった。次回に行く時は何か対策を考えなければならない。

帰路は友人夫妻に来た熊本駅まで車で送って貰い、熊本に在住する昔のゴルフ仲間に電話お入れたら、「今からすぐに行くから食事でも」となり、嬉しい再会で何度か行った和食のファミレスへ行った。

食事を終えてから彼の家に立ち寄ることになったが、地震で傾いていた裏の建物が撤去されて更地になっていた。

彼はかつてはプロの料理人であり、オムライスを作らせたら芸術的な腕を有していたし、玉子サンドのフワフワ感触も有名だった。

応接セットで奥さんと話している間に彼が台所で何か作っている、やがて持って来てくれたのは玉子サンドで、パンとフライパンが異なるので味が異なると言っていたが、それは久し振りに味わう懐かしいものだった。

熊本空港へ送ってくれる途中で熊本城へ連れて行ってくれた。地震の被害が甚大で一部しか見学出来なかったが、地元の人しか知らないコースで見学出来た。

熊本空港から全日空を利用したが、保安検査をスムーズに通過出来たのでびっくり。北海道へ行った際はいつも往復で反応があって辟易していたが、往路の大分行きで問題があったのに、熊本空港では何ともなかったので不思議だった。

伊丹空港が新しくなって到着口が1か所になって2階になっていることはしっていたが、降機してからリムジンバスの乗り場まで余りにも遠いのでびっくり。歩く歩道を何回も通って到着口に出たが、そこからバス乗り場までも遠かった。

今日の写真は湯布院から撮影した由布岳を。
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