2016-07-30

香の思い出から  NO 4931

香入れシーンの会長のコラムを更新。テーマは「おかしな社会」だが、おかしな人間が増えているような昨今である。

深いご仏縁に結ばれる松山市の同業者のブログを訪問したら、何か小説風の中身の濃い物語が掲載されていた。そこで負けじと10年前の「独り言」にあった「香の導き」を再掲することにした。

香の導き  NO 1580 2006-07-29
クマゼミのシーズンになると思い出す葬儀がある。小学生の男の子と幼稚園に通う女の子を残してお母さんが急逝されたご不幸だが、飾り付けに行っていたスタッフ達が帰社すると「他のお客様担当に変えてください」と懇願されるほどご遺族の悲しみが強く、ご親戚やご近所の方々のいたたまれない状況が伝わってきた。

お通夜と葬儀が行われたのはご自宅だが、お通夜を担当する覚悟を決めて午後6時に到着。ご祭壇が飾られた6畳の部屋に喪主さんであるご主人と2人の子供だけが座っている。虚ろな表情で俯かれ、時折にご遺影を見られては号泣される状況、誰もその側に近付けない雰囲気だった。

 土間で数珠を手に合掌申し上げ、「失礼します」と白布を敷き詰めた畳の間で正座をして挨拶。子供達に「私がお母さんのお葬式のお手伝いをしますからね」と声を掛けた。

祭壇前に置かれた白木の中陰机の上、スタッフに命じて焼香設備を持って来させ、「はい、お母さんにご一緒に手を合わせましょう」と子供達に促した。

こんな場合、お母さんに対して何かが行われ、自分達も参加することが出来るということが大切な環境づくり。必ず行動を共にされることになるし、解決の難しい「溝」や「壁」のような障害を切り開く手立てともなるからだ。

強烈な悲嘆に陥った心理に「怒り」「猜疑心」が生じるのは当たり前、その払拭をすることだけでも不信感が軽減され、共にお母さんの死を悲しむという「思慕」感を共有する立場に近付ける訳である。

座布団を片付けて正座、子供達が私の両側に座っている。スタッフがセッティングしてくれた焼香用具だが、香炭に点火されていることを確認して焼香を始めることに。

ここで少し解説を。子供達の心理は<この変なオジサン何者?なんだ。お母さんのために何かをするようだ。それは?>となっている。そんな短い時間だが「悲しみ」という世界を何処かへ置き、私の行動を注視する環境となっていることがご理解いただけるだろう。

「お母さんのために焼香をしなければならないね。でも間違ったらいけないので教えてあげるからしっかり覚えなさいね」

それは、今の彼らにとってお母さんとつながることの出来る興味深いこと。その行動でお母さんが喜ぶとなれば少しだけでも不幸の思いが軽減されるひとときが生まれることになる。しかし、単に目前の焼香用具で焼香するだけではそんな心情になるパーセンテージは低く、ここで「体感」という環境の世界を提供するのである。

子供達がじっと私の手を見つめている。右手を内ポケットに入れ、おもむろに取り出したのは私専用の黒檀の香入れ。中に白檀などをブレンドした私好みの香が入っている。そこで講釈師みたいなことをのたまうのである。

「これは、仏様になったあなた達のお母さんを幸せにすることが出来るお香と呼ばれるものだよ。この机の上に置かれているものとは違って特別なものでね、今日と明日に来られるお寺さんも持っておられるよ。それはね、お母さんが行かれた世界をあなた達が感じることが出来る不思議な力のあるもので、お寺さんがされることをじっと見ていると<これなんだ!>と必ず気付けるからね。では、今から、それを先にテストとしてみよう」

子供達を中央に座らせ、 焼香の作法を教え、やがて真剣な表情で正式に焼香が行われた。お兄ちゃんの香煙が立ち上がった時に妹さんの番だが、その頃には祭壇の方向に向かって香煙が 棚引き、ご遺影の付近が何ともいえない雰囲気、そこに独特の澄んだ香りが漂い始めたのは言うまでもない。

「お母さんのおられる世界って、分かる。不思議な香りがしているだろう」

「うん、うん」と2人が頷き、そこからじっとご遺影を見つめている。時折にお父さんの方を向いて「よかったね!」というような仕種が感じられる。

さて、その後の続きだが、それで終わってしまうとせっかくのコミュニケーションが薄らいでしまう危険性がある。そこで次の行動に移った。

「ご親戚の人達や近所の人達がいっぱい来られるけど、その人達がされるお香はこの机の上に置かれたものなんだよ。それではあなた達のお母さんに香りが届かないから、このお香を少しずつ皆さん用の香の中に混ぜて入れておくからね。それから、お父さんと、あなた達2人だけは、このお香で焼香をしてあげなさいね」

その香入れをお父さんに手渡したら、私の手を握って「有り難う」と感謝の言葉をくださった。

これまでの長い葬儀の仕事、そんなやりとりから香入れをそのままお返しいただなかったことが20回以上あるだろう。その度に買い求めることになるが、「高価」な「香」という必要経費は「不幸」を「幸」に転じさせる不思議な「効果」があると断言する

今日の写真は香合とも呼ばれる香入れを。
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