2018-11-06

NO 8364 短編小説 あの頃 ⑮

難しかったホール吉村、金村、ドラちゃん、会計士達のアドバイスはこれまでと異なって全く別のひとときとなった感があった。初ラウンドもしていなかった自身が3回もラウンドを体験し、唐突にもゴルフ場へ従事することになったからで、副支配人と言う重責を担いながら会計士の言った「雇用と売り上げアップ」について真剣に考えていた。

その夜、久し振りに自宅で日本酒を飲んだ。ドラちゃんの店では話を聞くことが中心であまり飲まなかったこともあるが、何か案を生み出すと時は不思議と自宅で日本酒を飲んでおり、今回も何か閃きがあるように思え、それは寄り添う妻も同じ思いを感じていた。

次の日の朝、高速道路の料金所を過ぎて走行していた時、ふと思い出したのがキャディーさんの存在のことで、彼女達の雇用をどのように守るかと考えていた。

自分が勤務するゴルフ場の倶楽部ハウスが見えて来た。従業員専用の駐車スペースに車を停めると裏口から入ったが、その時点にもう面白いアイデアが浮かんでおり、一足でも早く事務所内に入りたいと思う自分の逸る思いに焦っていた。

吉村のコースで初ラウンドをした際、吉村が「キャディーさんがいないとコースが荒れる」と言っていたが、パブリックのコースに行った際にグリーンの凸凹、フェアウェイのターフ跡、バンカーの荒れた状況を目にしてびっくりしたこともあるが、キャディーさんの存在は決してクラブのステータスだけではなく、コースのメンテナンスやラウンドの所要時間の短縮にもつながり、初めて迎えたゴルファーにはコースの案内やグリーンの傾斜や芽の流れをアドバイスしてくれる利点もあったし、会計士が言っていた「誰も運転免許証を持っていない場合はキャディーさんに頼るしかないし、我々のような高齢者にはクラブを持って来てくれたりボールを拭いてくれるアシストは不可欠だよ」というテーマも重要なポイントだった。

水野が発想したアイデアとは何だろうか。会議室に支配人、キャディーマスター、事務長が揃っており、水野が発想した提案に誰もが驚くことになった。

「ネット社会でしょう。どこのゴルフ場でもHPがあってコースそれぞれの詳しい情報も掲載されていますが、何処もやっていないことがあります」と言ってテーブルの上に表みたいな物が書き込まれた大きな紙が広げられた。

「これ、何だが分かりますか?」と言ったのは上部にある「1番~18番」の各ホールを表す数字のようで、左端には縦に多くの枠があってそこに名前を入れる構図と説明された。

それは何を意味するかそこにいた誰も理解出来なかったが、水野は昨夜に発送したアイデアを細かく説明して彼らをアッと言わせた。

水野の提案したことは意外な盲点だった。それはゴルファーのハートを擽るもので、キャディーさんが同伴して証明がなければ成り立たない仕掛けとなっていた。

「誰でも参加費を支払うことで参加可能で、誰が18ホール全てをバーディーが取れるかと言うことなのです。ラウンドを終えてその日に取得したバーディーのホールに丸印を入れるのです。同伴キャディーさんの証明がなければ無効となりますから必ず帯同されることになります」

水野のアイデアとはHP上で公開するというもので、匿名希望のハンドルネームも選択可能というものだった。

これなら一度参加して氏名を入力したら絶対にバーディーに挑戦したくなる筈で、仲間達とのゴルフでも水野の勤務するゴルフ場にやって来るパーセンテージがアップするし、何よりキャディーさん達を解雇することがないことだった。

「これは名案かもしれないね。ゴルファーなら絶対に挑戦したくなるよ」と感心の言葉を発したのは事務長だが、水野はそのアイデアのシステムにもう一つあるという説明をした。

それは仮に参加していなかった人でも何処かでバーディーを取得すれば参加費用を負担すれば可能というもので、最も早く達成した人には「ハワイ旅行」をプレゼントし、10人目まで国内の温泉旅行をプレゼントすることが決まった。

これは意外に競争原理が働く仕掛けがあった。それはネットで公開することで登録者が自慢をするために勝手に広めてくれることであり、ゴルフ場側にはいいことばかりというアイデアで、支配人がすぐにIT技術に長けたスタッフ山原を呼んで企画を始めていた。

その日の夜、ドラちゃんにいつものメンバーが集まっていた。吉村、金村、会計士を交えて水野のアイデアについてアドバイスを貰うものだが、全員が「グッドアイデア」と賛辞してくれ、会計士が実用新案のような特許申請の必要があると指摘、後悔が始まったらすぐに同様の登場が考えられることを想定したものだった。  続く
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