2019-10-19

いよいよ実行  NO 8611

hakodatesiritu 様々な仕事に匠と称されるプロの存在がある。彼らに共通することは自身の仕事に誇りを抱き、素人と言うお客様からミスの指摘をされることを嫌い、常々からミスをしないように気配り心配りをしているが、物事の説明にも「納得」に至らしめる「説得」に技術にも長けている。

ミスをして謝罪することは大変なエネルギーを負荷するもので、謝罪することがないようにミスを犯さない行動に徹しているということだろう。

関西電力の一連の問題での対応は最悪だったが、謝罪のタイミングを外してしまったことが問題で、悪いことをしていたことを自覚しながら誤魔化そうとしていたことが大きく発展させたようにも思える。

葬儀という仕事で特に重視したいことは「礼儀」と「節度」で即ち「礼節」である。この業界の若い人達に説いて来たことに「謙虚」であれということで、親を送って喪主を体験したら一人前、孫を有して本物の「葬儀<者>」になるということだった。

これを理解しないで一人前と思っていたら坂道を転がって間違いなく戻れなくなり、後悔してもどうにもならない後の祭りとなることを学ぶだろう。

伊勢の出身であった私の母は、親戚に「近衛兵」が2人いたこともあり、「世間様に笑われるようなことをしないように」「恥ずかしいと思う心を大切にしなさい」と常々言われて成長した。それは私の幼い頃から何度も叩き込まれた言葉で、昭和天皇が行幸で伊勢路に立ち寄られた際、親戚の料亭で昼食されるという名誉なことが起きてから、その言葉が一層強くなったと記憶している。

「やってしまった」「しまった!」「相手の心情に傷を付けてしまった」と気付いた時にはすぐに謝罪の行動を始めなければならないのに、分かっていながら横着をしたら事は何倍にもなって返って来ることも常識である。

私も一つの道のプロであったと自負している。弁護士から届いた答弁書や反論書に著しいミスがあると指摘すれば謝罪して撤回すればよいのに、その対応を一切しなかったことに対して私にしか出来ない対応で返してやろうとするのが小説の発刊で、その発表記者会見と同時に様々な資格のある本物のプロでない人物達を告発することにした。

応援してくれる弁護団やジャーナリストも出て来た。「どうして出版するのですか?」と法廷で質問された際、あなた達2人の弁護活動がおかしいと反論したことを忘れたとは言わせず、それらのやりとりが記録に残っていることぐらいは常識だから憶えている筈だ。

その質問をぶつけて来た際の得意げな表情は絶対に忘れず、その時にこんな会見を行おうと考えたものある。

私への多くの「お中元」や「お歳暮」が分けられていた事実も表面化させるし、贈呈されてくださった方々のお怒りを倍加させることも重要なことで、恥ずかしい会社から私が身を引いた事情も世間に知られることになるが、失礼な(?_?)ご活動をしたことからこのようになった理解して欲しいもので、2人の内の1人の弁護士さんはこんなことになることを自覚されていたと拝察している。

長い訴訟になるかも知れないが、私の失うものは何もなく、彼らの歴史にさざ波?程
度の表面化が出来ればと考えている。

法廷で保身のために事実でないことを涼しい顔で偽証してくれた人物のことも絶対に忘れないし、どんな教育をしたのかと親に聞いてみたいと思っているのでこれも案件の一つである。

「お中元」「お歳暮」の横領に関して認めたベテラン社員がいたが、嗄れも保身から謝罪をしないようだが、イエスマンは決行だが、社会に恥を晒すことは何処かで食い止めるべきで、指摘した私への謝罪をしなかっても、「送り主」の皆さんへの謝罪は最低限度人間としてするべきで、会見の日までに行動することを願っておこう。

結びにこの「お中元」「お歳暮」問題に関して、今年の夏に東京の同業者から私宛の物を「これは拙い」と思ったのか、会社から当方の弁護士事務所に転送したこともびっくりだった。

今日の写真は8月に北海道へ行った際に立ち寄った函館市立博物館 郷土資料館 金森洋物館」で撮影した蓄音機のスピーカーである。
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