2013-04-06

パワーを貰った再会  NO 3244


 先月の下旬、ある人物と梅田のヒルトンプラザでティータイムを過ごした。彼は私より10歳年上だが、そのバイタリティは半端じゃなく、今でも現役として注目を浴びている。

 彼はあちこちのカルチャースクールで人気の高い講座を持っている。数年前にCD付の本を出版され話題を呼んでいる。

 昔、カラー放送でなかった時代に「七人の刑事」いう人気のあったドラマがあったが、その主題歌の弾き語りを担当していたのが彼で、ラテン歌手として知られた「西川慶」氏である。

 弊社の本館で地域の方々向けのコンサートを何回か開催したが、琴、ハーモニカ、シンセサイザー、三味線、ジャズなどもあったが、彼のラテンや童謡は来場者の人気が高かった。

 彼は彼自身が発案した独特の発声法を多くの人達に教え、「目からうろこ」という体験をされたプロの音楽家も少なくないが、「発声学」ではなく「発声楽」と命名されたその世界は何より「リラックス」を重視され、体感された方々の賛辞の声が絶えない状況である。

 京都大学時代にアメフトのキャプテンとして活躍した時代もあり、その若々しい声質と声量には衝撃さえ覚えるレベルだが、そんな彼が近々に新たな世界に登場されるので嬉しく思っている。

 不思議なご仏縁から交流することになったが、私が大病を患ったことに対して「何をやっていたんだ」と叱られた。

  2000年に発表した「慈曲葬」のキャスティングに彼の曲をシナリオに入れることにした。喫茶店をやっていたお母さんの夢は故郷である北海道でのペンショ ンの開業で、ご主人と娘さんがその実現出来なかった夢を「お別れの会」という「かたち」で送るという設定で、彼は喫茶店の常連客。奥さんが「七人の刑事」 のファンだったというストーリーを組み上げ、奥さんがいつも淹れてくれたコーヒーを思って作曲されたオリジナル曲「コーヒーのある情景」を遺影に向かって 歌って貰い、リリースされたCDを遺影の前のテーブルに備えるというシナリオだったが、これを多くのメディアがニュースとして採り上げ、NHKでは全国放 送で彼が歌っている場面を流したから話題を呼ぶことになった。

 それは、多くの新聞や雑誌でも紹介されたが、毎日新聞の夕刊では一面のカラー記事として掲載されたのでびっくりすることになった。

  さて、昨日、所用があって大阪環状線に乗った。車内広告にJRと仙台市がコラボしたみたいで秋保温泉のことや磊々峡(らいらいきょう)のことが紹介され、 十数人の子供達が自作の行燈を手にする姿が可愛い感じなのだが、「1キロに渡って」と表記されていた磊々峡についての説明に疑問を覚えた。「渡る」と「亘 る」の使い分けは複雑で混乱することがあるが、この場合はどちらが正しいのかと思いながら帰宅した。

 今日は朝から雨、猛烈低気圧や爆弾 低気圧という新聞の見出しやテレビニュースの言葉もある。この嵐で我が大阪の桜が散ってしまうだろう。近くの地域の会館や源ヶ橋温泉の入り口の桜も満開 だったが、瓜破斎場への進入路にある桜は毎年見事に花を咲かせていた。そんな桜が一輪一輪と散りゆく風情に我々日本人の情緒という文化があるのだろう。

 本館で行われていたご葬儀、ゴルフをこよなく愛されていた女性だそうで、お柩の中に「ティー」が納められたと聞いたが、桜の咲く道を通られてご出立されたと想像しながら手を合わせた。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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